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第3話

3.  翌朝、いつも通り沈んだ気持ちで教室に向かおうとする紅を下駄箱で待ち構えていた美樹が無理矢理引っ張って、空き教室に連れ込んだ。壁に背中を預ける形で追い込まれた紅は何事か理解できていない様子で狼狽えている。  その顔をみて意味深に笑った後、美樹が閉じていた形のいい唇を開く。 「紅ちゃんさ、昨日またあの幼馴染と一緒に居たんだって? 家に上げたらしいじゃん。寝たの?」  あの幼馴染と言われて、紅はハッと昨日の帰宅した時のことを思い出した。確かに昨日、蒼と二人で家でテレビを見て過ごした。でもそれだけだ。美樹が疑うことは何もしていない。首を横に振って、昨日したことを事細かに伝えると、覆いかぶさるようにしていた美樹がふうんと呟いて身体を放した。許されたのだろうかとほっとすると、再び紅を見た美樹がその切れ長の垂れ目を細めてにこりと笑った。 「でも、約束は破ったからお仕置きね」  一瞬で絶望に染まる紅の顔に美樹は満足そうに笑って、手を引く。どんなお仕置きがいい? と聞きながら楽しそうに笑う男が恐ろしくて、紅はその端正な顔から眼を背けた。  右京美樹から言われている一方的な約束がある。一つは、彼からの連絡は必ずすぐに返事すること。何があっても優先するようにと言われている。流石に週に三回のバイトの時は連絡を控えてくれるが、それ以外で彼の気まぐれで送られてくるラインや電話をシカトすることは許されない。それをしたら家まで行くからねと脅されているので、まだ一度も破ったことはない。唯一の安らぎの場所を奪われるのはさすがに辛いのだ。  そしてもう一つは幼馴染の四堂蒼とは会わないこと。これだけは、なにをされても守れなかった。蒼には美樹のことは話していないし、知られたくない。だから急に会わないなんて言えない。心配するだろうし、原因を知りたいと思う筈だから。それに、数少ない友人を失いたくはなかった。こればかりはどれだけ嫌なお仕置きをされることになっても、守ることができなかった。 「じゃあ、今日は素股にしよっか」  にっこりと笑って美樹は紅のベルトに手を掛ける。言っている意味が分からないと首を振るがさして気にも留める様子もなく、だってさ、と紅を見た。 「嫌いでしょ? セックスとか、そういうの。でも俺はそういうのが嫌いな紅ちゃんが好き。嫌がってるならお仕置きになるし、丁度いいじゃん? いつもと同じメニューだと懲りずにまたするし、それじゃ意味がないんだよね」  ぺろりと、自らの左唇の端にある黒子を舐める。だからほら、とカチャカチャとベルトを緩める美樹の手を慌てて静止した紅は目に涙を溜めて訴えた。 「そ、それだけは、いやだ……お願い、な、舐めるから。フェラでもなんでもするから、お願い…………許して……」  カタカタと震える手をちらりと見て、美樹はしばらく考え込む。珍しく自分からフェラチオをすると言い出した。それほどまでにセックスの真似事が嫌なのだろうか。  へえと感心したように呟いて美樹はベルトを掴んでいた手をパッと放した。 「いいよ、考えて上げる。ここで、ズボンもパンツも脱いで、そのチョーカーを外せるなら、素股は止めてあげる」 「え……これ、は……」 「百万はするよね、そのチョーカー。高性能なものだから紅ちゃんの意志でないと外せない。よく知っているよ。そのブランド。すごいのつけてるよね。そんなすごいのつけてるオメガ早々いないよ?」 「そう…なの…?」 「そうだよ。確か、スペアが付いてるよね。誰に買ってもらったの? お父さん? それとも、お母さん?」  お父さん、と言われて、紅はぎくりと身体を固くした。百万という大金はおおよそオメガの母が働いて稼げる金額ではない。とすると、あれだろう。母を捨てる時に相手の女性の家が紅を理由に父に会いに来ないようにと支払った手切れ金。産まれた子供がオメガだった時のために、母はプライドを捨ててその手切れ金を受け取っていたのだ。そして、恐らくその金で、紅がオメガだと判明した日、このチョーカーを買った。母もオメガだ。ヒートの苦労はよく知っている。  チョーカーに触れて、その優しさを噛み締めて改めて美樹を見る。首を横に振ってチョーカーは外せないと言うと美樹はにんまりと笑った。 「じゃあ、仕方ないよね」  ベルトを外されてスラックスがすとんと落ち、足が外気に触れる。ついでに着ていたベストもさっさと脱がされると、腰を掴まれて適当な机に手をつく体制にされて漸く、覚悟を決めた。深く、息を吸う。灰色のボクサーパンツを下ろされてひんやりとした空気が尻に触れる。 ゆっくりと息を吐くと、美樹がその辺に投げ捨てた鞄からローションを取り出して手で軽く温めながら尻に掛ける。 「……っ」 「足、ちゃんと閉じて」  ぬるりとした液体の感触に息を詰める。言われた通りに足を閉じるとぬるぬると尻の谷間に掛けられたローションがたらりと垂れて、太ももを伝った。  カチャカチャとベルトを外す音がして、美樹が自らのズボンと下着を下ろし、すでに張り詰めた陰茎を取り出してそのぬめる谷間にゆっくりと挿し込む。  ぬぷぬぷと挿入っていくそれが、太腿の間で熱を持っている。擦れて、どんどん大きくなる度、紅の心臓がドクンドクンと音を鳴らした。後ろから玉袋をぬるぬると突かれると自分のものも緩く勃ち上がり始めて恥ずかしくて顔を伏せる。ぬちゅぬちゅと淫靡な音が響く教室で、美樹と紅が荒く息を吐く。  美樹は腰を動かすのを止めないで、首まで赤くする紅のシャツのボタンに手を掛ける。ハッとしてその手を抑える紅の耳たぶを後ろから甘噛みして舐めると、艶っぽい声が漏れる。手の意識がそれた内にすべてのボタンをさっさと外してしまって、紅の肩を露わにすると、その羞恥に染まった白い肌に唇を寄せて、赤い痕を散らした。 「あは、綺麗だね」  それを眺めてうっとりと呟く美樹は抱き込むように紅の身体に腕を回すと、太腿に挟み込んだ陰茎を擦りつける。耳元の荒い息にざわざわとした感覚を覚えた紅は息を飲みぎゅっと目を瞑った。 「……っイくよ、紅」 「うぅ、ン……はあ、は、ん」  にゅるにゅると出し入れを繰り返していた美樹が漸く達すると、疲れからかだらりと紅の身体から力が抜ける。机にうつ伏せになってだらりとする姿に、別に挿入したわけでもないのに、とくすくす笑い、美樹は紅の小さな丸い頭を撫でて、その唇にキスを落とす。触れるだけのそれに紅は無反応だ。 「……ふふ、いい子だね……紅ちゃん」  美樹は自分の下ろした下着とスラックスを上げて、身動きする気配のない紅の身体を起こし、彼の衣服を整えた。ただ、ベストだけは着せないで、すべてされるがままになっている紅に自らのカーディガンを羽織らせる。 「今日一日それ着て過ごして。明日返してくれればいいから。いい? 一日ね。一日。聞いてる?紅ちゃん」 「うん……」 「あと、あの幼馴染には会わない。守れないならまた同じことするから」 「……わかった」  こくりと小さく頷く。それに満足した美樹が手を取って鞄を持ち、空き教室から引っ張り出す。俯いて、ただ静かに紅は泣きたい気持ちを堪えていた。  玩具を突っ込まれたことはあっても、本番と言われている行為や、今回のような行為はされたことはなかった。だから、どこか安心していた。その一線は超えられることはないと。だけど、それはすべて右京美樹という男のただの気紛れであって、彼の思い付きで自分の貞操など自由に左右されてしまう。紅には、それから助けてくれる人間も、助けてと言える相手もいないのだ。この、志賀崎高校には。  美樹は支配者であり、自分と言う玩具の所有者だ。それを、痛感した。  与えられる選択肢の答えは、いつも彼が求めるたった一つしかない。それにたどり着くように操作される。さっきのように、これまでのように。  この高校にいる限り、美樹が傍にいる限り、紅に自由はない。でも、だからといって、母親に何と言って高校を辞めればいいかもわからない。彼女は紅がこんな目に遭っていることを知らないのだから。 ―きっと、知ったら卒倒するな。 長い黒髪の物静かな母の姿を思い浮かべて、紅は小さく息を吐いた。堪えるしかない。そう心の中で呟いて、自分の手を握る男の後姿をじっと見た。 ***  美樹の匂いのするカーディガンを、紅はどうしようか悩んでいた。  先程は疲労感からぼうっとしていたが、美樹の普段着ているカーディガンを自分が着るということに、抵抗が無いわけなかった。美樹の着ていた彼の匂いの着いた衣服を一日中身に纏うのは、その匂いが自分に染み付くような気がして不快だ。 だが、帰宅するまではどこで見られているかもわからないし、彼に『今日一日』と言われた以上、下手に勝手に脱いだりして、万が一それがバレて酷い目に遭うのも嫌だ。  体格の差で袖が少し長いカーディガンを見つめながら、ため息を吐く。美樹は取り巻きと楽しそうに話しをしている。今なら、今交渉すれば、なんとかなるかもしれない。向こうから絡まれていない時にわざわざ自分から話しかけるのはすごく嫌だが、仕方がないと紅は席を立った。 「……う、右京……あの」 「なあに? 紅ちゃん」  思った以上に小さな声だったが、席の少し離れた紅が自分の元に来たことに気が付いていた美樹には聞こえたらしく、にっこり笑って首を傾げる。左に流している髪がさらっと流れた。 「今日、ちょっと暑くて、あ、の……やっぱり、カーディガン、脱いで、腰に巻くのじゃ……ダメ、かな?」  右京と周囲の視線が突き刺さる。しどろもどろになりながら、そう尋ねると、笑っていた美樹が真顔になったので、緊張に喉が張り付く。  まだ寒い日があるとはいえ、もう五月に入っている。カーディガンだと暑いという日ももちろんあってもおかしくない。今日は、過ごしやすい気温なのでそれほど暑いというわけではないが、良さそうな言い訳はこれしか思いつかなかった。  やっぱり、駄目だっただろうかと顔を段々俯かせると美樹が足を組みなおして問う。 「暑いの?」 「あつ、い……」 「へえ……」  沈黙が重い。じっと紅を見る美樹の目が痛くて、紅はぎゅっと拳を握った。 「いいよ。腰に巻くのでも」 「え……」 「萌え袖が可愛いなあって思っていたけど、暑いなら仕方ないよねえ。俺はいいよ、別に。それでも。お前らも、紅ちゃんが暑がってんだから、窓くらい開けて上げたら?」  にこっと笑ってそういう美樹の言葉にどこか棘がある。お前ら、と言われたクラスメイト達の中には寒がりの者もいて、しぶしぶ、嫌そうに、仕方なく、窓をすべて開放する。びゅうっと風が吹いた。 「これでいい? 紅チャン」 「あ、いや…………ごめん、なさい」 「なんで謝るの? 暑いなら仕方ないよ? 別にあいつらが寒い思いしようと関係ないじゃん。アイス食ってるやつもいんだし。ね、紅チャン」 「ごめんなさい……やっぱいい、です。このまま、で」 泣きそうになりながら、紅は先程の自分の申し出を取り下げた。 「暑いんじゃなかったの? 嘘ついたってこと?」  全て分かっているくせに紅に肯定させようとわざと分かってないふりをして、首を傾げる美樹に紅は小さく首を縦に振る。にやりと笑った男は、「じゃあ、お仕置きしないとね」と囁いて、立ち上がった。  もういっそ、心なんて壊れてしまえばいいのにと思う。 「紅ちゃん、イくの早いよー」 「佐渡って早漏? めちゃめちゃはえーじゃん」 「はは、またイってら」  美樹の責め立てるような手の動きに紅はもう何度かわからない限界を迎える。紅の陰茎を扱く美樹とは別に、いつものように孔に突っ込まれたバイブを、美樹の取り巻きの、黒髪に赤色のインナーカラーをいれた八木が出し入れする。紅はそのあまりの苦しさから涙を流して首を振った。  自分の喘ぎ声を聞きたくなくて、聞かれたくもなくて、唇をきゅっと噛む。その様子に、美樹は愉快そうに嗤う。 「苦しい? 紅ちゃん」 「んっ、ふっ……~~~ッ」 「はは、またイったの? ちょっとは我慢を覚えなきゃ駄目だよ」  びくびくと身体を跳ねさせてほぼ透明に近い液体を出す紅にくすくす笑い、美樹が漸くそれを解放する。もう終わりだと理解した八木が引き抜いたバイブがごとりと音を立てて床に落ちた。  肩で息をする紅を見ながら、観戦していたクラスメイトに散るように命令すると、美樹は床に転がるバイブを拾い上げて紅の頭の横にしゃがむ。スイッチを入れてうねうねと動きながら振動するそれを眺めながら、意識が朦朧としかている紅に話し掛けた。 「紅チャンさー。そろそろ学習しなよ。そうやって嘘までついて俺のこと嫌いアピールするの、よくないよ? 分かるんだから、紅チャン嘘下手だし。それよりもさ、自分から俺のもんなるって言ったらどう? そしたら俺だってここまで酷い扱いしないんだしさ、その目障りなチョーカーを外しておねだりするなら番にしてあげる。今すぐヒート来させるくらいなら薬でなんとかできるし。俺の物になったら、優しくしてあげるよ? ねえ、聞いてる?」 もしもーしと大袈裟に聞く美樹に怠そうに首を動かした紅が、その赤い瞳に捉えた男を睨む。 「……ったい……やだ」  手で弄んでいたバイブをぽいっと後ろに放り投げて、顔を覗き込む美樹に応えるように紅は小さな声で呟いた。何? と顔を歪める美樹にもう一度、紅は答える。 「絶対、嫌だ」 「…………へえ?」  あからさまな拒絶に美樹は不機嫌そうに小さく声を漏らす。ほんの少し、助言してやろうと口にした言葉がはっきりとした拒絶で返ってくるとは思わなかった。  反抗的な目も態度も好きだが、もし紅が番にしてほしいと自分から言ってくるのであれば、美樹はその項を噛んで可愛がってあげようと思っていた。今言った言葉だって全部嘘ではない。 「じゃあ、仕方ない。このまんまだ。誰か縛るもん持ってない?」  目だけは笑っていない顔で美樹はそう囁くと立ち上がって教室にいる生徒に聞こえるように尋ねた。  全員が一斉に持ち物を確認して、いつも紅に使うアダルトグッズを調達している古川が少し太めの赤い縄を手に掲げる。それを受け取って今度は目を細めて笑うとその縄で紅の身体をきつく縛った。  指先を動かす力もほどんどない紅がそれに抵抗することもなく、―元よりただでさえ反抗的な態度を取ったばかりなのだからここで反抗したらもっと嫌な目に遭うのでその気すら起きなかったが、されるがままになっていると美樹は古川といくつか言葉を交わして、先程とは違う太さの、イボのような凹凸のついたグロテスクなそれを受け取った。  クラスメイトに抱えられて机に座らされた紅の孔に美樹がぴたりとそれをくっつける。ひゅっと紅の喉が鳴った。恐怖に震えるその身体に、容赦なくそれを突っ込むと、恐らく今までで一番太いだろうそれは、ゆっくりと押し開くように紅のナカへと挿入っていった。 「あ˝っ~~~っ」 「あれ? 今イった? 精子でてないけど。はは、おもしれ~。入れたばっかだよ、紅チャン」  挿入ったばかりのそれがごりっと前立腺を押し潰して、思わず声を上げる。びくびくと震える紅に美樹たちは笑った。  苦しくて息をするのがやっとの紅はもう声を我慢するということすらできず、だらりと開いた口から涎を零して喘いだ。 「これがいいんだもんね? 紅ちゃんは。じゃあ、そのまんま一時間耐えてみよっか。自習とは言え授業あるし、静かにしなきゃ駄目だよ?」 美樹の笑顔が視界に焼き付く。地獄のような宣告にも何も考えられないほどの快楽が、紅を襲った。美樹がバイブのスイッチを入れて、笑いながらそれを眺める。 じっとりと汗を掻いてとろんとした目で喘ぐ紅の白い身体に赤い縄が綺麗に映える。けらけらと笑っていたクラスメイトの一人が、思わずその美しさを形に残そうと、スマホのカメラを向けた、その手を抑えて、美樹はにこりと微笑んで音もなく言った。 『撮ったら殺すぞ』 すっと開いた瞳は笑っていなくて、クラスメイトの背筋に冷たいものが走る。内緒、と指を立てる男に、コクコクと頷いて、その生徒は手をそっと下ろした。 3 終  

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