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第7話

Unfair lover 1, proof 1.  違和感を感じていたのは少し前からだ。どうにも体調が悪くてその日は一日家で寝ることにしていた。何となく嫌な予感がしていたが、当たっていないことを願って灰色の毛布に包まる。スマホが何度もバイブを鳴らしていたが身体が怠すぎて手に取る気にもならない。  浅く息をする。腹の奥が疼くのを感じながら、ぼんやりとした思考で首元のチョーカーに触れた。なんとなく、今の自分がどういう状況かは理解できている。  ヒート。まさにそれだ。自分から出ているフェロモンはアルファを誘惑する。それだけじゃない。過去の経験からベータの人間さえも惑わせると分かっている。  紅がどんなに発情している自分を認めたくないと思っていても、生まれた性はやり直せない。どんなにアルファを誘惑したくないと思っても、身体はそれを裏切るのだ。  インターホンが鳴った。トントントンと何度かドアを叩く音がする。スマホの連絡も何もかも無視して寝ていたが、なんとなく嫌な予感がしてずるずると身体を起こして玄関に向かった。もう夜になるのに近所迷惑を考えない相手はインターホンをまた鳴らして、トントンとドアを叩いた。  仕方なくドアを開ける。どちらさまでと顔を上げた紅の視界に映ったのは、無表情の、今一番会いたくない男、右京美樹だった。 「……なんで電話でないのって思ったら、そういうこと……」  にたりと笑う男に防衛本能が働いて、紅は慌てて玄関の扉を引いた。閉じようとしたそれは無理に押し入ってきた美樹の身体に阻まれて閉じることはなく、むしろ開かれたそこから、悪魔のような男が侵入してくる。  思わず後退る紅にニッコリ笑った男は玄関の鍵とチェーンを締めて、紅の小さな心休まる城に踏み入った。 「ヒート、辛いでしょう? 電話でなかったことはこの際どうでもいいや。ね、紅ちゃん」 「や……いやだ……」 「セックス、しよう?」  逃げ出そうとした紅の細い腕を捕まえて、床に縫い付けて、美樹は興奮した様子で言った。紅の腕をひとつに纏めて自分のズボンから抜き取ったベルトで縛りつけると、大きめのトレーナーの裾を捲り、その薄桃色の乳首に舌を這わせた。 「いや、いやだ……右京……!」  制止しようとする紅の乳首を優しく甘噛みすると、鼻にかかったような声が小さな唇から漏れた。反対の手の指先で乳首を転がして遊んでいると、紅が首を振って艶っぽい声を零し始める。  舐めて吸ってを繰り返して、勃ちあがった乳首を指で挟んでこりこりと捏ねながら、へその辺りに吸い付いてキスマークを残す。徐々に下がっていく愛撫に紅は喘ぎながら、いやいやと抵抗心を表す様に首を小さく左右に振った。 「んっ、あ、あう……いや、やだ……」  ヒートもあって力が入りにくいのか、いや、そもそも力では美樹に紅が叶うことなんてないのだが、抵抗する力が弱すぎる紅のズボンを無理矢理脱がしてその後孔に触れる。指をつっぷりと挿入すると、中は温かく濡れていた。  何度も出し入れを繰り返してその固く閉じた孔をほぐす。散々玩具で広げられた割にはきゅっとしまったそこに指を二本挿入して、バラバラな動きで紅を翻弄しながら美樹は嗤った。 「紅のココ、エッチなもの散々咥えた癖にまだ処女なんて、ほんと、すごいね。俺よく耐えたと思わない?」  くすくすと笑って指に力を入れて紅の孔をくぱぁと広げた男は舌なめずりをした。  指を引き抜いて美樹はズボンを下ろすと自らの陰茎を軽く扱いてピタリと紅の後孔にそれをくっつけた。 「う、うきょう、やだ……いやだ……おねがい、おねがい」  ふるふると首を振って美樹の目に訴える。涙目になってお願いと何度も呟くように言うが、美樹は今それを聞く気がないらしく、にこりと笑ってその腰をぐっと押し進めた。 ぐぷぷ、と挿入り込んでくる。生暖かい肉の感触に、紅は目を見開いた。 「あ、ああ、うきょう、ぃや……! ご、ゴムしてない……!」 「あは、気付いた?」  嫌なほどに分かる。ゴム越しではない、口で散々咥えたことのある温かい肉の感触に、紅が怯えた声を漏らすと、美樹が愉快そうに笑った。 ぐっと腰を押し進められてナカにある陰茎が、ずぷっと肉壁を掻き分けて奥へと挿入る。息が上手くできなくて、ぐちゃぐちゃの思考で、紅はいやだと繰り返した。 紛れもない、これはセックスだ。それも、ゴムのない、下手をすれば子供すら出来てしまう行為。 「あ、あ、やだ、やだ……」  じわりと涙を滲ませる紅の顔の横に覆いかぶさるように手をついた美樹は、その小さな身体の奥深くに自らの陰茎が到達すると、ふうーと大きく息を吐いた。紅の耳元で小さく動くよと囁くと、ゆっくり腰を引いて紅のナカからずるりと自身を抜く。  ぎりぎりのところで止めて、またずぷんと腰を進める。美樹の陰茎がごりっと前立腺を掠め、最奥を穿つと、急な快感に紅はつま先をピンと伸ばしてびくんと跳ねた。 「あ゛ぁ~~~っ」 「はぁ~~気持ちいい……」 温かい紅の体内を何度も何度も美樹の陰茎が抜き差しを繰り返して、ぬちゃ、ぐちゃと粘着質な音が鼓膜を揺する。律動に合わせて美樹との体格差がある紅は、ゆさゆさと揺さぶられながら、静かに涙を零した。 「あら? 紅チャンきもちくない? ん~それは困ったな~」  ははは、と笑いながら美樹は律動を辞めない。時々、彼の陰茎がいいとこを掠めると、あさましくも喘いでしまう自分が、酷く滑稽に思えて、紅は唇を噛んだ。  紅の胎の中でがちがちに固くなった美樹の陰茎はずっぷりと入り込んだそこを何度も穿つ。暴力的なそれにもうどうにでもなってしまえと投げやりな気持ちになっていると、美樹が紅の唇に無理矢理唇を重ねた。 「んむ、ん、ふ……はっ、はあ、ンン……」 「っは、紅ちゃん身体もだけど、耳まで真っ赤なの、可愛い、ね!」 「んあっあ、いや、あぁ~~~~っ」  舌を突っ込んで濃厚なキスをしながら腰を動かすのをやめずに、美樹はさらに奥深くを穿つ。唇を離して可愛いなどとのたまいながらも、ぐちゅぐちゅと卑猥な音を鳴らしながら繰り返し抜き差しされる肉棒が、一番弱いところを突くと堪らず紅は美樹のそれをぎゅうと締めあげた。 「……っ」  思わず美樹もぴくりと固まる。その反応につい、自分のそれが強い刺激を得て思わずイってしまいそうだった。まだもう少し、堪能したいと思って必死に耐えた。そこが、紅の一番弱く感じる所だと理解した美樹は、ゆっくりと陰茎を引き抜くと、責めるようにそこを突いた。 「はっ、あぁっ、あっ……あ~~~っ!」  奥深くを穿つ。行き止まりを抉る様に、こじ開けるようにかき回すと、がくがくと足を震わせた紅がひと際大きく喘いで、射精した。 「はーっ……はーっ……」 「……紅、先行くのはナシだよ」 「~~っ!? やだ、いま、むり……っ」  ずぷっと腰を動かして引き抜いた陰茎で奥深くを穿る。イって敏感な身体の紅はそのあまりの快感に怯え、首を振って抵抗を示した。シカトして美樹は律動を再開するぐちゅ、ぬちゅ、と聞きたくもないいやらしい音が紅の鼓膜を支配する。思わず、後孔に埋まる美樹の肉棒をぎゅっと締め付けてしまった。 「……っ…」 「うきょう、中は、おねが……!」 「~~っ」 「あ……やだ、やだやだ……いやだ」  奥深くを叩く温かな感触。それがなにかなんて考えなくともわかる。注がれているそれは、美樹の精液。生でヤっているのだから、つまりそれは、 「あ、ああ……中で、中で出した……」  涙で、視界が滲む。腹の中を温かい液体が満たしていて、それを擦りつけるように右京の陰茎が肉壁を少し擦った後、ゆっくりと出ていく。入っていたものを失った孔はぽっかりと小さく口を開けて、閉じきれなかったそこが収縮するたびにこぽりと音を立てて白い液体が零れ出た。 *** 「ふ、ふぅ、ふーっ」  ぐちゅにゅちゃと淫靡な音が室内に響く。ぼたぼたと垂れた精液が玄関から寝室にまで続き、手の拘束を解かれ服をすべて脱がされた紅はベッドの上で美樹に抱かれていた。バックの体制で最奥を穿つように突かれると思わず高い声が漏れそうになるので、紅はシーツを噛んで耐えた。もう既に二度、注がれ続けた美樹の精液が腹の中に溜まっている。また、小さな声を漏らして、美樹が奥で果てた。 「ふふ、見てごらん、紅。俺の精液いっぱい注いであげたのが溢れてるよ」  シーツを噛む紅の口からその白い布を解放して、体制を変えると、美樹はじっとりと汗を掻く白い背中を舐めながら、自分の上に乗せた紅のアナルを右手の人差し指と中指で広げた。ごぽりと音を立てて零れた精液がベッドのシーツを濡らす。それに羞恥心を煽られて、紅は肩まで赤くして顔を逸らした。  腰を掴まれて美樹の股の上に膝立ちさせられると、今度は背面座位の体制でぐっぽりと美樹の肉棒を咥えさせられる。 「っはっ、ぁあ~~~、あ、ん、んあ、んっ」  自重で望んでいないのに深くまで刺さる。気持ちがよすぎて、快感から逃れようと腰を動かすと余計に感じてしまう。行動がすべて裏目に出て、まるで美樹の陰茎を使って自分が望んでオナニーしているような気分になって、恥ずかしさで顔を赤く染める。  美樹はそんな紅を見るのが楽しいのか、時々下から突いて小さな身体がびくんと跳ねるのを楽しそうに眺めている。 「んっんっ、んぁ、あん、あ、イク、だめ……」 「いいよ、イって……んっ俺も、限界っ」 「あ、やだ……ほんとにできる……おねがい、うきょう、もうださないで……あ、いや、あ、ああぁっ~~~~~」  また、腹の中を温かい感触が満たした。余韻に浸る間もなく、美樹がぐりぐりと精液がたまった中を掻きまわす。ぐちゅと音がしたそこは、ずるりと肉棒を引き抜かれると、またこぽりと注がれていた精液を零した。 「はーっ、はーっ」  肩で息をしながら、どさっとシングルベッドに倒れ込む紅を美樹は栗色の瞳で見つめた。汗を掻いて張り付いた前髪が片目を隠していたので、その髪を払って閉じられた綺麗な形の瞼を見る。鬱陶しそうに眉を顰めて、自らの頭を撫でる美樹の手を振り払うと、紅は大きく息を吐いた。 「気持ちよかった?」  くすっと笑って美樹が問う。ふざけるなと言いたかったが、そんな気力さえ起きない。腰が怠くて動けない紅に軽いキスを落とすと、美樹はまるで自分の部屋を歩くように我が物顔でリビングに向かった。この部屋には、一度たりともあげたことはないのに、まるで自分の家のように扱う男に、紅は軽い吐き気を催す。そういうところが、大嫌いなのだ。  生温くなった水を飲みながら美樹がまた寝室に戻ってくる。リビングに放り投げられたままだったからか、すっかり温くなってしまった透明のペットボトルから供給される水が、彼の喉を潤しているのを見て、自分も喉が渇いていることに気が付いた。  ごくりと喉を鳴らした紅に美樹がにこりと笑って、水を一口、口に含む。ベッドに寝転ぶ紅に美樹が覆いかぶさって唇を重ねる。口の中に含んでいた水を紅の中に流し込むと、紅は嫌な顔をしながら、それをごくりと飲んだ。 「美味しい?」 「………………」 「返事してよ、紅ちゃん。セックスした仲でしょ?」 「…………」 「返事しないともう一回抱くけど、抱かれたいってことでいいの? 紅」 「……ぉい、しかった、です」  ねえねえと無邪気に聞いていた美樹が、突然低い声で問うのでびくりと紅は身体を震わせる。絞り出した声は本当に小さく、今にも消えてしまいそうな程だったが、美樹にはちゃんと聞こえていたらしく、そ! といつもの笑みに戻ると、もっと飲む? と首を傾げた。  そんなことよりも、中の精子を掻きだしたい。と、紅は思うが、身体はそれに反して上手く動かない。指先一本も動かすのが怠いのだ。まだ腹の中には美樹の精液が溜まっている。 「ねえ、紅」 優しい口調で話しかけながら、美樹は紅の頬をすりすりと撫でた。いつもと違う優しい呼びかけに、紅は怪訝な顔で美樹を見上げる。 「俺と番になろうよ。いじめだって、もうやめてあげるよ?」  首を傾げる男に、紅は唾を吐きたい気持ちになる。無理矢理抱いておいて、何を言っているんだ。同意があったとでも、思っているのだろうか。どうせ、番になったら、手に入ったら要らなくなるくせに。アルファなんてみんなそんなもんだ。特に、この男は。  右京美樹はただ手に入らないから欲しがっているだけで、佐渡紅を愛しているわけじゃない。本質は子供だ。手に入ってしまったらすぐに要らなくなるだろう。捨てられるために番になる? そんな愚かなことがあるだろうか。あと数年、いや数か月かもしれない。いつか美樹が自分に飽きるまで耐えればいい。番になった後に捨てられたオメガのその先の未来は、悲惨だ。一生抱えきれないヒートを背負って生きていく。番に捨てられたという事実に苦しんで生きていく。そんなのってない。ましてや、こんな男との間に子供でもできたりしたら、その子が不幸になってしまう。  だからこそ、番関係もそうだが、セックスすら許してなかったのに。それなのに。    セックス、してしまった。それも、中で出されてしまった。  絶望感で茫然とする。自分のアナルから零れ出た白い液体にぞっとして頭がくらくらする。パニックになりそうだ。ご機嫌な様子の美樹が楽しそうに紅の部屋を物色している横で、吐き気を覚えた紅は、半分残った美樹の飲みかけの水が入ったペットボトルを手に取り、一口飲んだ。それが、美樹の所有物だとかそんなことどうだってよくて、じわじわと身体を取り巻くこの気持ち悪さから一刻も早く逃れたかった。  こくりと喉を潤す液体がいくらか気分をマシにさせる。少し落ち着いた頭で中の物のを掻きだすために風呂に向かおうと立ち上がろうとしたが、あまりにも怠い腰に少しの痛みが走って、紅は小さく呻いて布団に顔を埋めた。 「~~~っ」 「あら、痛い?」 くすくすと笑いながら隣に腰掛けた美樹が、剥き出しになった紅の背中にキスを落とす。家に来た時は相当怒っていた癖に単純な男だ。 「中に出さないでって言った……」  美樹の楽しそうな顔を横目で睨んでぼそりと言う。とても小さな声だったが地獄耳の男はそれを聞き取ってカラカラと笑った。 「俺、他の子とする時はコンドーム用意してもらってたからさ。あ、モチロン、今は紅ちゃんだけだよ。むかーし抱いたことあるオメガの子に、中に出していいよって言われてさ。ゴムなしだとしないよって言ったら、なーんか勘違いしちゃったらしくて、ゴム持ってたら抱いてもらえるって意味でいろんな子に広まっちゃったみたいなんだよね。まあ、おかげでソッチで困ることはなかったんだけどさあ、俺が持ち歩いてる訳じゃないからこういう時大変だよね。いつもは我慢してるけど、流石にちょーっとイライラしてたし、つい、ね?」  なにがついだ。イライラしていたとはいうがこれは犯罪である。ヒートで抵抗が弱かったとはいえ、紅はこの行為に同意していない。悪びれのない様子に殺意を覚えるがどうしたってこの男に敵うことはないからぎゅっと唇を噛んで耐える。 「そもそも、紅ちゃんだって約束破ったでしょ? 俺との約束。忘れてた?」 へらへら笑っているくせに目と声だけは妙に冷たい。約束と言われたそれは一方的なものだが、確かに守っていた間は紅が多少反抗的な目をしても美樹は笑って許していたのが事実だ。 紅が破ってしまったのは、美樹が一番重要視していたもの、結ぶ時も口酸っぱく何度も同意させられた約束。美樹からの連絡は何があっても最優先すること。もし、無視をしたら家まで来るとは言われていた。その先は聞いていなかったが、約束を破ってただで済むはずがない。 だからといってこれはない。無理矢理ことに及んでおいて悪びれもないその態度にも、初めから付けるつもりもなかったのだろうそれも、すべてに嫌悪する。 「……きらいだ」 「ふふ、俺は好きだよ? あ、そうだ。中の精液掻き出すの手伝ってあげよっか!」  ニッコリ笑う男にぎゅっと唇を噛んで、紅は少し悩んでこの気持ち悪さから解放されるためならと小さく頷いた。 ***  ポチャンと水が音を立てて落ちた。狭い湯船の中で美樹に抱き締められるようにして浸かる。紅を姫抱きにした美樹が風呂場を見て、開口一番に「俺の家より狭い。こんなの初めて」と物珍しそうに言うので、じゃあ入らなくていいと言ってやりたかったが、余計なことをして怒りを買うのも面倒だと思って、ぐっと堪えた。  ご機嫌に鼻歌なんかを歌っている美樹が紅の手を取り指先をするすると撫でる。  先程、体内に出された精液は全部美樹が掻き出した。着ていたシャツがシャワーで濡れるのも気にせずに紅の後孔から白濁とした液体を長い指先で掻き出して綺麗に後始末をした男は、ニッコリ笑って、このまま一緒にお風呂に入ろうと言った。  まず浴槽に湯が張られていないだろうと首を傾げたが、どうやら水を取りに行った隙にお湯はりボタンを押していたらしく、ちょんちょんと指をさされたそこには綺麗なお湯が溜まっていた。  濡れた髪の毛からぴちょんと雫が落ちる。指先を触っていた美樹の指がするすると腕から肩に移動して、首元のチョーカーに辿り着く。カツッと爪で硬いそれを叩くと美樹はなにを思ったか口を開けて項に噛みつこうとした。  驚いて、ばしゃっと音を立てて咄嗟に項を庇う。チョーカーがあるので噛まれることはないとはいえ、それはほとんど反射だった。驚いて見開いた目で美樹の顔を見て紅はごくりと息を飲む。  その表情をどう表現すればいいのか紅にはわからない。美樹が何を考えているのかさっぱりだ。だが、うっすらと浮かぶその笑みに紅は恐怖した。静かに、反響するそこに落ちた美樹の呟きが、紅の耳にこびりつく。 「やっぱ無理かあ……」  ぴちょんと音を立てて湯船に波紋が広がる。その栗色の瞳に映る自分は、酷く怯えた目をしていた。 1.終  

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