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第13話

7. 「とりあえずそこに座って。何か飲む?」 「いえ、缶コーヒーがあるので……」 「そう」  そこと指差された白いベッドに腰を下ろす。室内には葵と紅の二人きりだ。こんなところを美樹に見つかればまた何か起こるかもしれない。心臓が胸を突き破ってしまいそうなほどに音を立てている。  暗い顔で俯いているとキャスター付きのスツールに腰掛けた葵が引き出しに入っていた棒付きキャンディ―を差し出して言う。 「右京君のことを気にしているのかな? このことは誰にも内緒だから大丈夫。人払いもしてるから力を抜いて欲しい」 「…………でも」 「彼にされたことは大体分かっているんだよ。右京家の跡取りってだけあってよく調べているようだね。咲を狙うのは頭がいい」  差し出された飴を受け取らない紅に葵は平然とした様子でそう語った。紅は高木家の事情を詳しくは知らないが、咲は確か、母親と仲が悪く、幼い頃は祖母の家で暮らしていた。父親ともあまり上手くいっていないと聞いたが、高校進学の時、二人と話し合ったと聞いたのを覚えている。  葵の言葉の意図を理解できない紅は首を少し捻って考える。咲を狙う理由というのが分からない。 「咲はね、問題を公にするわけにはいかないんだよ。これは家族間の秘密なんだけど、高校進学にあたってこっちに来るとき、父から何か問題を起こしたら即座に退学し決められた相手と結婚し家庭に入って過ごすと誓約書を書かされているんだ。それを右京君が知っているとは思わないけど……家族間の不仲は知ってる人は知ってるからね、それで彼は高木と右京の問題にならないと踏んだのかもしれない。まあもし、こっちがなにかしても尻尾切りのつもりで自分では手を下してないだろうけど」 「……そう、なんですか」 「蒼くんの傍に居たいと思う咲が、されたことを公にするわけにはいかない。蒼くんにも知られたくもないだろうしね」  優しい笑みを浮かべながら葵は語る。手に持ったティーカップに入ったカフェオレを一口飲んで、ふうっと一息吐いた。 「咲と蒼くんが別れたっていうのは知っているかい?」 「え……?」  思わず顔を上げて葵を見る。見開いた朱色がかった瞳に映った男は、優し気な笑みを浮かべると手に持ったカップを机に置いて椅子から立ち上がる。ゆっくりとした足取りで窓際に近付くと白いカーテンを引いて、窓の外を見た。  どしゃぶりの空は暗く、時々ぴかりと光ってはごろごろと唸り声を上げる。機嫌の悪い空模様を眺めながら、高木葵はちらりと紅を振り返って、「例の件より前の話だ」と静かな声で言った。 「お互いに納得して別れたらしい」 「そう、ですか……」  再び俯いてしまった紅に葵は特に何も言わないで、また窓の外を見た。ぼたぼたと窓を叩く雨が段々と激しさを増すのをただじっと見つめる。ザアザアという雨音と時折聞こえる雷の音だけが、室内に響いていて、紅は沈黙に耐え切れず口を開いた。 「先生は、その……俺や右京を責めないんですか? 殴ったりとか、もっとなんていうか、その」 「怒ったり?」 「あ、そう……そうです」  ごにょごにょと言葉を選んでしどろもどろになっていると、葵が言葉を差し出した。それに同意して拳をぎゅっと握る。  紅には不思議だった。家のことがいくら複雑だと言ったって、大切な妹があんな目にあったのにどうしてこんなに穏やかにしていられるんだろうか。紅が葵の立場なら美樹を殴っていたかもしれないし、紅自身にお前のせいでと詰め寄っていたと思う。どうにも落ち着きすぎているのは、高木葵という人間が大人だからか、それとも自分が感情的だからか、紅には分からなかった。  自分から聞いたくせに答えを聞くのに無意識に怯えている少年を見て、葵はくすっと小さく笑った。形のいい唇を開いてその問いに答える。 「殴ったところで、何が得られる? 例えば、咲があんな目に遭ったのは君のせいだって紅君を責めたとして、それで過去はなかったことになるかい?」 「……いえ」 「被害者である咲が望まないことに俺が捕らわれるのは自己満足というものだ。それに、君もある種、被害者だしね」 くすくすと笑って、男は言った。形のいい目が細まって涙袋を膨らませにっこりと笑うその笑みに、紅は身体に込めていた力を抜いた。 「そうそう。ここからが本題なんだけれど、君と右京君の関係について二人に話したんだ。ひと月ほど前かな」 「!? どうして」 「ごめんね。知られたくないっていうのは君の様子から分かっていたけど、妹の気持ちを優先した」 「…………そうですか」  申し訳なさそうに言う葵に紅はそれ以上何も言えなかった。そもそも言ってほしくないというのはこちらの勝手な要望だ。それを聞くか聞かないかは葵次第である。  蒼に知られてしまった。ただそれだけが頭の中を埋める。  幼馴染の四堂蒼は本当に純粋で、それだけが紅の心の救いだった。できるならこんなことに触れないでいてほしい。その純粋さが自分をどれだけ救っていたのか彼は知らないだろうが、変わってしまうことを恐れるほどに、その無邪気な笑顔が紅の心を支えていたのは確かな事だった。  だいぶ前、それこそ一年のちょうど今頃。蒼に会わないことも考えた。美樹との約束は関係なく、ただ汚れた自分が蒼と仲良くするのはよくないんじゃないかと思ったのだ。だけど、いつものように明るく心を照らしてくれる蒼の笑顔が腐りかけていた紅の心を照らして、まるで浄化されたような気持ちになって、あさましくも彼の傍を離れることはできないと、その時はそう思ったのだ。それと同時に、この笑顔を曇らせるなら、美樹との件は一生胸の内に秘めて生きようと誓った。  しかし、蒼は知ってしまった。本当はとっても怒っているだろう幼馴染が直接訪ねてこないのは、恐らく咲の存在が大きいだろう。頭も性格もいい彼女だから、それをすると益々紅が追いつめられると分かっているのだ。  重いため息を吐く。頭を抱えて俯いていると、葵が歩み寄ってきて、紅の小さな肩に手を置き口を開いた。 「右京くんがなにをしようとしても、この先蒼くんと咲は高木家の力で俺が守ろう。だから、蒼くんと話をしてあげてほしい。彼今すごく落ち込んでいるらしくて、見ていられないそうだから」 「蒼ちゃんが……」 「教師である以上俺がここで何かを君にすることはできないけど、二人を守ることで君の負担を軽くすることくらいならできるから。頼むよ」 「……考えてみます」  首を縦に振らない紅に少し寂し気な目をした男はそろそろ戻った方がいいねと紅を立たせる。暗い顔で保健室から出ていく紅に葵はため息を吐いてやれやれとただ優しく目を細めて笑った。 *** 「あ、紅ちゃん遅いじゃん。もうすぐ授業始まっちゃうよー? 午後は何しよっか、選んでいいよ」 「……んにも」 「あ? 聞こえないけど」 「なんにも、したくない……」  教室に入るといきなり楽しそうな声で話しかけてきた美樹に、紅は絞り出すような小さな声で言った。ぎゅっとズボンを掴んで俯く。怖くてその顔が見れない。  しん、と静まり返った教室に雨音だけが響く。胸の中で爆音が響き、美樹の次の言葉までが長く感じる。少しの反抗。それは、蒼に美樹のことを知られただとか、最近の美樹が怖いだとか、陰で高木葵が守ると言ってくれた安心感だとか、そういうのが頭の中でごっちゃになって突いて出た、紅にも予測できないものだった。  すぐに訂正した方がいい。最近の美樹は折角機嫌がいいのにまた一からやり直すのかと頭の中で責める声が響くが、口は一向にそれに従おうとはしなかった。恐らく、吐いた言葉が本音だったのだろう。それでも、怖いものは怖かった。 「ふぅん、なんにもしたくないの?」 「あ、その……」 「別にいいよ、その代わり」  いつもにこにこ笑っている美樹の顔から笑顔が剥がれる。ズボンの中に手を突っ込んでピンクのカプセルの並んだシートを出して一粒手に取るとそれをずいっと紅の口の前に差し出した。 「これ飲んで」 「右京」 「前飲んだのとは比べ物にならないくらいイイらしいよ。これ飲むだけで許してあげるんだからさっさと飲んで。授業は普通に受けていいから。河合、紅ちゃん抑えて。誰か水持ってない?」 「嫌だ、嫌……それだけは、んぐ」  怖い顔をした美樹の手が紅の顎から頬を鷲掴む。指示された通りに紅の両腕を掴んで動きを抑え込む河合の力に敵わない紅は抵抗むなしくそのピンクのカプセルを口に含まされた。 八木が差し出した水を口に無理矢理流し込まれると、飲み込み切れなかった透明な雫が口端から零れる。  ゴクリと喉が嚥下したのを確認した美樹は満足そうにして水を八木に返すと、息を乱す紅ににこりと笑って言った。 「我慢できなくなったら、いつでも言ってくれていいからね」  ポンポンと肩を叩く男を強く睨む。河合の手から解放される紅は美樹の横をすり抜けて自分の席に座った。思い通りになんてなってやるか、そう固く心に決めて授業の準備をする。クラス中の視線が突き刺さる中、唇を噛んで泣きそうになるのを堪える。抵抗すらできない自分が憎いと思った。  段々と思考がぼんやりし始める。即効性の薬なんだろうか、じんわりと滲む汗が頬を伝うのですらぞわぞわと背筋が震える。チャイムの音をどこか遠くに感じながら、身体を縮こませて耐える。  教室に入ってきた教師がいつもの事のように紅のことに触れずそのまま授業を始めたので、震える手で教科書を開く。  腹の奥がずくずくと疼き始めて耐えがたい快感が身体を襲う。頭が何も考えられなくなってぽたりと汗が滴り落ちた。 *** 「紅ちゃーん? あれ? 大丈夫―?」  チャイムが鳴って教師が出ていくのを見たあと、美樹は紅の机の前に立つ。机に突っ伏していたその身体がびくっと震えて、息を乱した赤い目が熱を孕んだ眼差しを美樹に向ける。その頬は真っ赤に染まり、小さく開いた赤い唇から覗く赤い舌が酷く煽情的だ。美樹はごくりと息を飲んだ。 「うきょう、からだ……あつい……」 「紅ちゃん……」  美樹のTシャツの裾をくいっと掴んで訴えかける紅の頭にもう理性という言葉はないように思う。おねがい、と小声で言葉を紡いだのを見て、美樹は噛みつくようにその唇にキスを落とした。 「んっ……んぅ、はぁ……」 「……河合、あとよろしく」  唇を離して紅を姫抱きにした美樹は河合にそう言い残すと開いた教室のドアをくぐって出ていく。その背中に小さくため息を吐いて河合はやれやれと肩を竦めた。  美樹は紅を一度おろして空き教室の扉を開けた。手を引いて紅を中に導くと、扉を閉めて鍵を掛ける。美樹は自分のTシャツを脱ぐと、黒いその布を床に敷いて、その上に紅を押し倒した。  ぶかぶかの自分のシャツを着ている紅を見下ろす形になって、にやりと笑う。 「勃ってる……」  スラックス越しに紅のものに触れる。びくっと身体を跳ねさせた身体に満足そうに笑って、美樹は紅のベルトに手を掛ける。カチャカチャと音を立てて外されたそれを抜き取って、黒いスラックスを脱がすと、何度か軽くイっていたのか湿った下着が現れる。 「ん、あッ……あッ」  灰色のボクサーパンツをずらして紅の陰茎を擦る。触れただけで面白いくらいに反応を示す紅が普段は上げないような声を漏らして、首をふるふると振った。 「気持ちいい? 紅ちゃん」 「あッ、ん、うきょう……うきょ……アッ、あん」 「はは、こっちも準備万端だね」  ぬちゃと紅の精液に濡れた手で紅の後孔に触れる。簡単に美樹の指を二本飲み込んだそこをくぱあと広げると、ぽっかりと開いたそこが物欲しげにひくひくと収縮する。ごくりと唾を飲んでゆっくりと赤く染まったそこに指を奥まで挿入し、ぐにぐにと動かすと、紅がはしたなく喘いだ。 「あ、あ、あ~~~~っうきょ、でる、でる」 「いいよ、イって」 「アッ、あ、ああ~~~~~~っ」  責め立てられるように後孔と同時に陰茎を擦られてあっけなく美樹の腹に射精した紅は、くたりと身体から力を抜く。しかし、まだその肉体に熱は籠っていて、首まで真っ赤にした紅の陰茎はすぐに硬度を取り戻した。  とろんとした瞳が空中を彷徨う。息を乱しながらあついと譫言のように繰り返す紅の額の汗を拭いながら、美樹はぼんやりと考える。このままここで抱くのもいいけど、生憎今日はゴムを持ち合わせていない。紅は今意識が朦朧としているのでつけてようがつけてなかろうが関係ないだろうけど、学校で中出しは流石に後処理の面でも面倒だ。  軽く息を吐いてスマホを取り出すと、汗で張り付いた紅の前髪を優しく払いながら美樹は電話を掛ける。通話相手に表示されている名前は、長田だ。 「もしもし、長田―? 学校まで迎えに来て……そう、今すぐ。一人連れて帰るから……俺の部屋でいいよ、うん。鞄は後で回収してくれたらいいから、ん。ああ、あとタオルも持ってきて。じゃあ十分後ね」  よろしく~と明るく言って通話を切ると、左手でよしよし、と優しく紅の丸い頭を撫でる。ずらしたボクサーパンツを元に戻してズボンを履かせると、美樹は窓の外を見た。  雷は収まっていた。弱くなった雨が窓を叩く音が響く。 「うまくいかないもんだなあ」  紅の言葉を思い出す。俯いて、震える声で絞り出すように言った、したくないという拒絶。ここ最近は従順で大人しかったから、漸く美樹の言うことを理解したのだと思ったけれど、まだなにかに希望を抱いているのか、それとも誰かに何かを吹き込まれたのか。どちらにしても、全部自分で満たすにはまだまだ時間がかかりそうだ。 「はやく俺のもんになってよ、紅」  ぽつりと呟いた言葉に返事はない。美樹はため息を吐いて眉間にしわを寄せる紅の頬をつんつんとつついた。 7. 終  

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