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第14話

8. 「紅ちゃん、水飲んで」  とろんとした目が透明な液体を映す。赤い舌を覗かせながら糸を引く口が小さく開いた。熱い、とまた言葉が漏れる。意識がはっきりしていないのか、飲もうとしない紅に美樹はため息を吐いて水を一口含むと、口移しでそれを流し込んだ。  ごくりと嚥下したのを確認して美樹はサイドテーブルにペットボトルを置いた。  Tシャツとスラックスを脱いでその辺に投げ捨てる。裸に剥かれた紅の鎖骨にキスをして、物欲しげにヒクつく後孔を撫でる。 「あっ」  ゆっくりと指を挿入すると、期待に満ちた声が零れた。ぬち、くちゅ、と鼓膜を擽る粘着質な音でさらに興奮しているのか、紅はただでさえ赤い顔をさらに赤くさせて、首を左右に振った。 「ゃ、ぅあ、あ、だめ、そこっ、だめ、んぁ、あぁ~~~っ」 こり、っと前立腺を擦ると、びくびくと足を震わせてあっけなく射精をした。はーーっ、はーーっと息を乱した紅が美樹の顔を見上げる。物欲しげなその瞳に口角を上げると、それに応えるように唇を重ねた。 「ふう、ん、はあっ、ん」  息継ぎのタイミングで零れる声が色っぽく、劣情を煽る。後孔に挿入っていた指がきゅうっと締め付けられて、どろどろに溶けた意識の中、紅が求めるように美樹の首に腕を回した。  指を引き抜いて。黒のボクサーから自身の固くなったそれを取り出して軽く扱き、慣れた手つきでコンドームを着けると、ぴとりと物欲しそうにひくつく紅の後孔にくっつけると、期待しているのか、紅の喉がごくりと音を立てた。  ゆっくりと腰を押し進めると、陰茎は肉壁を少しずつかき分けて奥へ奥へと進んでいく。きゅうきゅうと美樹を締め付けながら受け入れるその孔の一番奥へとたどり着くと、紅が苦しそうに息を吐いた。  よしよしと頭を撫でて汗がにじむ額にキスを落とす。紅の息が整い始めた頃合いを見て、美樹は腰をゆっくりと動かし始める。 「は、あっ、ん、あぁ、あ、んんっ」 「紅ちゃん、締めすぎっ……」  浅いところを出入りする美樹の陰茎を、息を詰まらせるほどきつく締め上げる。どうにも動けなくなった美樹は大きく息を吐くと、紅の陰茎を握って、ゆっくりと擦った。びくびくと射精感が高まると同時に紅のナカも痙攣する。一度吐き出させると、固く侵入者を拒んでいたそこから力が抜けたので、勢いよく奥を突く。 「あぐっ、ぉくぅ、だめ、いま、イったと、こぉ……!」  首をゆるゆると振って、涎を垂らしながら涙を零す紅を無視してまた最奥を突くと、紅はエビのように身体を反らせてびくびくと震えた。ぎゅうっと後孔が美樹の陰茎を締める。その感触が気持ちよくて、またずるずると引き抜いて、ぎりぎりのところから最奥までを貫く。 「あ、はあ、ん、あ、あん、あ、あっ」 「あは、紅ちゃんのすけべ」  ぱちゅぱちゅと奥を叩きながら紅に覆いかぶさり、口にキスを落とす。余計に圧迫感が増して、紅は苦しそうにくぐもった声を漏らすが、まるで気付いていないと言わんばかりにシカトする美樹は擦りつけるようにゆさゆさと腰を振った。 「あーー、もう出そう」 「あっ、ん、ふっ……あ、あぁ~~~~」  暑くうねる紅のナカを堪能したらしい美樹は再び激しく腰を動かして、奥を激しく責め立てると、きゅうっと強く締め付けて達した紅と同じタイミングで精を吐き出した。  ずるりと引き抜いた陰茎からゴムを外して、口をくくってゴミ箱に放る。ぽふんと柔らかい布団に倒れ込んだ紅の、疲れ切ってほとんど気絶に近い形で眠る横顔を撫でながら、美樹もその隣に肘をついて転ぶ。 「起きたら何してあそぼっか、紅ちゃん」 眠ってしまった紅にそう話しかけて、美樹もゆっくりと目を閉じる。起きて顔を真っ青にするだろう姿を想像して、くすくすと笑った。 ***  目が覚めると、見知らぬ天井だった。  高そうな家具に、ふかふかのベッド、上質な黒い絨毯に、見るからに高価だと分かる照明器具。周囲を見渡すと、どれも見たことのない、自分とは無縁のものばかりだ。驚いて、紅は立ち上がろうとして、自分が服を着ていないことに気が付く。近くに着るものはないだろうか、と視線を彷徨わせていると、コンコンとノックオンが響いた。 「は、はい」 「失礼します」  思わず、返事を返してしまい、咄嗟に掛布団で身体を隠す。部屋の扉を開けて入ってきたのは見知らぬ初老の男性だった。男は洋服をベッドの端に置くと一度頭を下げて言った。 「お目覚めですね。紅様。どうぞ、こちらを。私は美樹様にお仕えする長田はじめと申します。以後お見知りおきを。お着替えになられたら、そちらのボタンでお呼び出し下さいませ」  では、と男は頭をもう一度下げて部屋を出ていく。紅は、言われた言葉を混乱した頭で整理しながら、出された服の袖に腕を通した。  男は、美樹に仕えていると確かに言った。つまりそれは、ここが美樹の家だということではないか? そう考えて、ぼんやりとしてはっきりしない、意識を失う前のことを覚えていない自分を恨んだ。  あの薬を飲まされたあと、猛烈な渇きに襲われた。身体の疼きが、快感が、自分の身体を襲って、そこから先の記憶は朧気だ。何故ここにいるのかも、あの後美樹とどうなったのかも、紅は覚えていない。  どうやってサイズを知ったのかあまりにも丁度良すぎる白いTシャツに下着、黒のズボンを履いて紅は言われた通りに枕元にあるボタンを押した。オレンジ色のランプが点灯して、先程の男、長田が応答する。着替えたことを伝えると、迎えに参りますと言われたので、大人しく長田の到着を待った。  ふと、先程は気が付かなかった薄桃色のカーディガンが視界に入る。あれは確か、美樹が以前紅に無理矢理着せたものではなかっただろうか。気になって、部屋に到着した長田に問うと、彼は平然とした様子で答える。 「ええ、あれは美樹様のカーディガンでございますよ? こちらの部屋は美樹様の私室にございます」 「え……そう、ですか」  てっきり客室だとばかり思っていた紅は苦笑いを浮かべながら俯く。知らないうちに美樹の家の、私室にまで足を踏み入れてしまった。こんなとこ近寄る予定なんてなかったのに。長田にバレないようにこっそりため息を吐いて、紅は肩を落とした。 「では、紅様。参りましょう」 「え、っと……どこに?」 「談話室にございます。美樹様は今お父様とお話しされておりますので」  ご案内いたしますと物腰柔らかく言われて、紅もなにも言えなくなってしまった。美樹の客を案内するのはこの人にとって当然の職務だ。なにもおかしなことなんてないのだ。 「広いですね、ここ……」  沈黙に耐えかねて、紅は長田にそう話しかけた。彼はくすっと笑って、はいと答える。 「右京家は由緒正しいお家ですから、お屋敷も広うございます。紅様が住まわれるお部屋もご用意いたしますので、気に入っていただけるとよいのですが……」 「……は?」  にこりと笑う初老の男の言葉に、紅は足を止める。自分がここに住むための部屋? そんなの、聞いたことがないし、予定だってない。 「おや? まだその相談はされておいででないのですか? 美樹様と番になるのでしょう?」 男は至って真面目にそう答える。紅は美樹との約束を思い出して、頭を抱えたい気持ちを必死に堪えた。 「美樹様は少しだけ素直ではないところもございますが、紅様のこととても好いておられます。どうか、お気持ちに応えて上げてくださいませ」  長田が深く頭を下げる。好いているったってそれは子供が玩具を欲しがるような気持ちで、愛なんかじゃない。なんて、口が裂けても言えない紅は困ったように頭を上げるよう促すしかできなかった。 「失礼します」  階段を下りて少し歩いた先の扉を長田が軽く叩く。中から聞き覚えのない低い声が聞こえて、男は扉を開いた。 「紅様をお連れしました」 「もう目が覚めたの、入っておいで~紅ちゃん」 「さ、どうぞ。紅様」  促されるまま紅が談話室と案内された部屋に入ると、中心部に置いてあるソファーに腰を掛けた美樹と彼によく似た壮年の男性がこちらを見た。紅の方を振り返ってニコニコと手を振る美樹に顔を歪めて立ち止まっていると、男性が手招きする。 「君が紅君だね。はじめまして、美樹の父の克己(かつみ)です」 「あ、佐渡紅です……はじめまして」  手を差し出して穏やかな笑みで笑う男に困惑しながら紅はその手を握り返す。美樹の栗色の髪と焦げ茶色の瞳は父親譲りだったのかとまじまじと男を見つめる。 「かわいいでしょ? 気に入ってくれた?」 「勿論だとも」  美樹の言葉に克己は満面の笑みで答えた。紅は促されて美樹の隣に腰を下ろす。 「もうじき妻が来ると思うんだが……」  克己がそう呟くように言うと、背後のドアがバンっと音を立てて開いた。廊下から、きらきらと光る装飾品を纏った美しい女性が勢いよく入ってくる。驚いて、紅が持っていたアイスティーの入ったガラスコップをぎゅっと握ると、隣で美樹がくすくすと笑った。 「美樹の選んだ子ってどの子かしら? ……あら?」  美樹とよく似た、黒子の位置までそっくりな女性ははっきりとそう問うと、紅に目線をやってじろじろと上から下まで嘗め回す様に眺める。何か言うべきなのかと紅がコップを机に置いて、思案していると、女性の方が先に口を開いた。 「はじめまして、貴方ね。私のかわいい美樹の番になるって子は」 「あ、いや……その」  空気が重い。紅はどう答えていいか迷った。ノーだと言いたい。けれど、約束させられた以上答えはイエスだ。この家に住むって話は聞いてないが、もしそう答えたらこの人はどんな顔をするだろう。そもそも、この人は美樹にとってどういう人なんだろうか。母親にしては、とても若く見えるけど。 「可愛いのねぇ~! 貴方! 気に入ったわ。私は歓迎よ」  じろっと見ていた目が急に細くなって笑みに変わると、女は紅の首に腕を絡ませ抱き着いた。メロンのように大きな柔らかい乳が身体に押し付けられて、紅は戸惑い顔を赤らめる。あの、とか、えっと、とか意味もなさない言葉を吐いていると、隣から腕が伸びてきて、引き剥がす様に無理矢理引っ張られ、美樹の胸の中に納まる。 「その辺にしておきなさい。(れい)」 「残念だわ、フフッ」  麗と呼ばれた女性は美樹の父、克己の隣に腰を下ろすと長田が持ってきた紅茶を一口飲んだ。赤い口紅が印象的で、整った顔立ちにどこか見覚えがあると紅が首を捻ると、美樹が咳ばらいをして言った。 「紅ちゃん、紹介するね。父の右京克己と、母の右京麗。二人とも多分テレビとかで見たことあるんじゃないかなあ。どちらかっていうと母さんの方がメディア露出多いけど」 「右京麗……」  どこかで聞き覚えがあるとその名前を繰り返す。ふと、頭にとあるコマーシャルが流れて、紅はハッとして麗の顔を凝視した。  右京麗はいくつになっても衰えない美しさが特徴の有名な女優だ。アルファで頭もよく、右京家に嫁いでからは夫の克己とオシドリ夫婦としても話題になっている。美人で一つ一つの所作が美しく、性別問わず人気である。 「右京麗が俺の母親って知らなかった?」 「あ、いや、そういうわけじゃ……」 「そう? 美人だけど怒ると怖いから気を付けてね」  くすくすと笑う美樹が、父親の方を見て自分の手首を人差し指で軽く叩く。その位置に時計をしている克己は、ああ、と時計を確認して立ち上がった。 「すまないね、紅君。一緒に食事でもと思っていたんだが、今日はこの後仕事の予定があってね。妻と私はここでお暇するよ」 「またね、紅君」 「ああ、はい。また……」  紅も立ち上がろうとしたが、美樹にそれを阻まれて、軽く腰を浮かしただけで終わる。すみませんと頭を下げたが、二人は対して気にした様子もなく手を振って部屋を出て言った。 沈黙が下りる。美樹と二人だけになって、紅は小さくため息を吐いた。机に置いてあるアイスティーを一口飲む。 「はーーあ、父さんも母さんもべたべた触りすぎだっての」  美樹が声を上げた。俺だけの紅ちゃんだってのに、と呟く姿に紅の少し舞い上がったテンションが萎える。唇を尖らせる男に気持ちを落ち着かせながら、震える声で尋ねた。 「あの、さ」 「ん?」 「俺がここに住むって……なに?」 「あー! 言ってなかった? 親と同居が嫌ならマンションとか家買ってもいいけど……」  そういうことじゃないんだけど、とは口が裂けても言えなかった。美樹が首を傾げると紅はなんでもないと顔を反らす。 「お腹空いたねー、紅ちゃん」  ふと、美樹がそんなことを言ったので、首を縦に振る。何故だか知らないが妙に腹が空いていて、今にもぐうっと鳴りそうな気さえした。  美樹の案内でリビングに行くと、肉や野菜をふんだんに使った豪華な食事が並んでおり、旬の魚の刺身までもが並んでいた。びっくりしてついに腹の虫が鳴る。紅は恥ずかしくて顔を赤くさせ腹を抱えたが、美樹や執事の長田たちは対して気にした様子もなく、平然とした様子で席に着いた。  紅も、座る様に促されて美樹の隣に腰を下ろす。食事のマナーなんてもの知らないのだけれどと困惑していると、美樹がいつも通り食べていいんだよと笑った。箸を手に取ってまずは刺身から一口食べる。あまりの美味さに頬が解け落ちそうだ。 「美味しいでしょ? 沢山食べて」  遠慮なんていらないよと言わんばかりに紅の皿に次々と載せられる料理を紅は黙々と食べる。どれも非常に美味く、紅は何故ここにいるのかという疑問を投げかけるのも忘れて、その味に酔いしれた。  満腹になって、一息つくと、今度は美樹に腕を引かれ、また彼の私室に連れてこられた。そこで漸く、何故ここにいるのかという疑問を思い出して、紅はそれをぶつける。至って普通に、当然と言わんばかりに、冷静に美樹から返ってきたのは「ゴムなしでやってよかったの?」という言葉だった。  まさか、と顔が真っ青になる。それを見て、美樹が面白いものを見ていると言いたげにクスクスと笑った。 「媚薬の副作用で記憶が曖昧になっているのは想定外だなぁ。あんなに可愛い紅チャンそうそう見れないからね」 「はあ……はあ……」 「エッチだったけど、やっぱちゃんと意思のある紅ちゃんがいいや。ね」 「やだ……いやだ!」  ねっとりとした笑みで美樹がそう笑うと、紅は部屋を飛び出そうと扉に向かって駆け出そうとした。その腕を掴まれ、ベッドに投げ飛ばされて、うつ伏せになった紅に覆いかぶさるようにして、美樹は紅の耳たぶを食む。びくっと身体を跳ねさせて、足をばたつかせた紅は大声を出そうとして息を大きく吸い込んだ。 「あー、紅チャン。一個教えておいてあげるね。この家では誰も俺に逆らわない。守ってくれる人なんて、いないんだよ」  きゅっと喉を締められて思わずゲホゲホッと咳き込む。混乱した頭で美樹の方を振り返ると、水晶のような綺麗な瞳がじっと紅を見ていた。ゾクッとして喉が変な音を立てる。  赤い舌がちらりと覗いて、紅のチョーカーの下にねじ込まれる。項の辺りをべろりと舐めた男は、不服そうな顔をして今度はチョーカー越しに噛みついてくる。ガジガジとベルトに鋭利な牙が立てられるが、噛み心地の悪さか、それとも歯が立たないと理解したからか、意味をなさないそれを美樹は諦めるように止めて、紅の身体に馬乗りになったまま着ていたシャツを脱いだ。 「咥えて」  ズボンのジッパーを下ろして自身を取り出した美樹は、紅の口元に自らの陰茎を突き出して言う。またか、と半ば諦め気味になった紅は、ちろりと赤い舌を覗かせてそれを咥えた。所謂馬乗りフェラというそれは、美樹が好き勝手に腰を動かすことが多く、極まれに求められるプレイで、屈辱感があって紅はあまり気乗りしないものだ。  口を窄めてじゅぽじゅぽと音が立てながら美樹の陰茎を舐める。大きすぎるそれが喉奥を突く度に喉が締まるのが気持ちいいのか、興奮したように息を荒くした美樹が紅の額を撫でた。その手に不快感を抱きながら、紅は早くこの時間が過ぎることをただ願った。 8. 終  

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