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第27話 番外編 高木咲の話

 ガタガタと震える身体を抱き締めて身体を折りたたむ様になるべく小さくなる。冷たかった地面が自分の体温を奪って、温かさを与えてくるのが、酷く気持ちが悪い。  自分を襲った男たちには心当たりがある。恐らく以前友人に連れていかれた頭数合わせの合コンで見た者たちだろう。声に聴きおぼえがあった。確か、名前は……そう、古川。あの茶色い髪の男だけは覚えている。咲はポタっと落ちた汗をじっと見つめて、考え込む。  古川慎。馴れ馴れしく話しかけてきて、やたらと咲のことを知りたがった。優しそうな見た目と態度に顔の良さも相まって、友人たちは古川と一緒に来ていた河合という色落ちしかけた金髪の美男子と、どっちがかっこいいかで盛り上がっていたのを思い出す。  咲にとっては蒼が一番だったし、なによりあの古川の目つきが嫌で、その話には乗れなかった。友人たちには蒼と別れたことは話していなかったし、話を振られることもなかったけれど、もし聞かれていたら楽しそうな空気を壊していたかもしれない。  古川の目つきは、どこか気味が悪い。ねっとりとしたそれは、咲を獲物として捕らえているようだった。人の幸せを壊すような、それを楽しみにしているような、そんな瞳。あの時の勘は、正しかったのだと咲は今痛いほど理解していた。 古川に触られたところが酷く気持ちが悪い。恐怖に負けじと強気でいたが、その実、心は挫けてしまいそうだった。このままレイプされてしまうのだろうかと何度も考えて泣きたい気持ちを必死に堪えていた。叶うなら、今すぐ蒼に会って塗り替えてほしい。そうでなくても、一緒に居てほしい。そう願って、咲は一人でただしくしくと泣いた。 何でもない一日だった。ただいつものように帰り道を歩いていただけ。それだけだった普通の通学路で、突然後ろから誰かに口元を抑えられた。周りには人が一人もいない。確かに普段から人気のない道だったが、こうも人っ子一人いないものなのか。咲は冷静になって誰かに助けを求めようかと思案したが、背後からした言葉に押し黙った。 「佐渡紅と四堂蒼に何かあってもいいのか?」  脅しだというのは分かっていたが、仕方なく手を上げる。何もする気はないと態度で訴えれば、男は咲に目隠しをした。どこかに移動する気らしく、手を引かれた咲は黙ってそれについていく。男の声にどこか聞き覚えがあって、咲は首を捻った。  目隠しは解かれることなく、咲はついた先で地面に座らされた。何度か写真を撮る音がして、不快感に眉を顰める。 「さっさと始めるか」  男はそういうと、相模川の制服に手を掛けた。その間もシャッター音は止まない。ああ、複数人いるのかと考えて唇を噛む。着ている物を失った身体は、肌寒さと恐怖で震えていた。    ――きっと、紅くんの足枷になってしまった。  咲は放り棄てられた服をかき集めて泣きながら、そんなことを思った。佐渡紅の名前を古川が出すということは恐らく、志賀崎のボスである美樹の指示なのは間違いない。解決するには咲が警察にでも駆け込むのが一番だ。そうすれば、未遂とはいえ古川達はタダでは済まないだろう。だが、美樹はどうだろう。彼は簡単に三人を切るんじゃないだろうか。知らないふりをして、関係ないと言い張るだろう。  蒼に近付いた時も、いい人の顔を被って嘘を吐き、本当の自分を隠していた男だ。それくらいはする。  それを抜きにしても、咲は警察に駆け込みたくない理由があった。  咲の家は厳しい。もしこんなことで警察沙汰にでもなって意味なく右京家と揉めることがあったら、当主である父は咲を許しはしないだろう。即座に相模川高校を退学して決められた相手と結婚し、一生をあの牢獄のような家で過ごすことになるだろう。冗談じゃない。母とも、二度と会いたくなかった。  いや、それらすべては言い訳だろう。咲は自嘲気味に笑う。本当は誰にも知られたくないのだ。何より蒼に。秘部を触られ、胸を揉まれ、乳首を吸われた。挙句、抱くわけにはいかなくなったからとフェラを強要された。  好きでもない男の陰茎を口に咥えるだけで吐き気がする。男の精液を口に出されて、咲は思わず吐き出した。  警察に行けば、事細かにその内容を話さなければならない。それが、咲は嫌だった。 ふと、着信音が鳴る。放り投げられた咲の鞄から聞こえてきたそれを取って、電話に出る。 「はい」 「もしもし、咲? 蒼だけど。飯食いに行かね? 部活終わって腹減っちまってさ」 底抜けに明るい声が機械越しに聞こえる。部活仲間も周りにいるのだろうか騒がしいその様子にくすくすと思わず笑ってしまう。やはり、蒼はいつだって、自分の暗闇を照らしてくれるのだと、心が温かくなって、つい、気が緩んだ。 「行く」  蒼の誘いに了承して、咲は服を整える。髪の毛も、メイクも、綺麗にした後、近くのコンビニの手洗い場で口を濯いだ。 *** 「咲!」  蒼が咲を見つけて明るい顔で走り寄ってくる。にこりと微笑んで、咲はそれに答えた。  大学は心理学を専攻している咲は、蒼とは違う道を歩むことになったが、それはそれでいいと思えた。紅に振られた傷心の蒼に、いつまでも待っているからと伝えて、宣言通り以降一度も彼氏を作らなかった咲に、変化がいくつかあった。  一つは、蒼が紅への未練を断ち切ったこと。言葉にこそされていないだけで、咲と蒼はまた昔のように付き合うことを視野に入れて、二人は今を生きている。いや、昔より、よい関係を紡いでいけるような気がしているのは、きっと咲だけじゃない。  もう一つは、右京美樹たちから謝罪があって、その際に知ったことなのだけれど、どうやら古川も、報われない恋をしているようだ。古川のそれはとても根深いらしく、相手があの八木だと言うのだから少し哀れに思う。どう考えたって、鈍感だし、偏見に塗れてそうだ。  この男は叶わない恋を一生するのだと考えると、あの時自分が負った痛みがマシになった気がした。右京美樹に関しては、そのすかした顔に一発拳をお見舞いしたことで許してやった。紅の為なのだから仕方ない。 「蒼ちゃん、好きだよ」 咲は笑う。綺麗に笑う。今日も、愛おしい人の笑顔を、エメラルドの瞳に映して。

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