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第1話

ゴチン!と鈍い音が響き、俺の意識は遠のいた。 うう······なんで俺がこんな目に······。 『お兄ちゃん!このゲーム面白いからやってみてよ!』 『ってそれ乙女ゲームだろ!?』 何これ······?走馬灯?それにしては見た事ない光景ばかりだけど······。っていうか、乙女ゲームって······。 『お兄ちゃん!どこまでクリアした?』 『皇太子クリアした!このゲーム結構面白いんだな!』 『さすがお兄ちゃん!この良さを分かってくれると思ってたよ!』 『しかしこの悪役令嬢?っての?すっげぇイライラしたわ······』 『うーん、でも当て馬は必要だからね······ってお兄ちゃん遅刻!』 『やべっ!行ってきます!』 「······はっ!?」 ここは、俺の部屋······のベッド?そうだ、俺はさっき転びそうになった妹を庇って壁に頭から激突したんだった。 そっと額に手を当ててみる。 たんこぶが出来てる······痛ぁい······。 って、そんな事よりさっきの夢だけど!直感で分かった。あれは俺の前世だ。 俺は、ミュール=レイナウド。レイナウド侯爵家の長男にして、黒髪、黒目の自称イケメン男児(10)だ。俺には妹が一人いて、その子はメロウ=レイナウドって名前なんだけど、もう、超可愛いの!夜空のようなウェーブがかった黒髪に少しツリ目がちな瞳に、あうぅ······愛くるしいぃぃ! でも、前世の記憶が確かなら、もしかしてここって乙女ゲームの世界?え?妹ちゃん悪役令嬢なっちゃうの?え?え?むり。妹ピが、推しピが辛い思いするの無理!!! ガチャ! 「お、お兄様!」 「ぐふっ!」 「キャア!?」 びっくりした······急に天使が舞い降りて思わず鼻血出ちゃったよ······。 「ごめんなさい······ワタクシを庇って怪我をさせてしまって······」 「いいよいいよ〜!メロたんが無事なら」 「はい······え、お兄様······?」 「あ、そっか!俺って元々かっこつけてたっけ?気にするな、とかしか言わない無口キャラだったよな〜」 「······え?」 「大丈夫気にしないで!妹ピを守った時に出来た傷なら一生治らなくても平気だから!」 「······医者を」 「ん?」 「直ぐに医者を呼ばなければーーー!」 そう叫ぶと、凄い勢いで部屋を飛び出してしまった。 ······妹ピは今日も可愛いなぁ! ところで、確か今日って殿下が家に来る日じゃなかったっけ? コンコン 「失礼します」 「え?」 こ、こ、こ、こいつはででで殿下やないかい!! サラリとした金髪に碧い瞳。The王子様って感じの風貌。え?ホントに同い年?なんかオーラが凄いんですけど······間違いない、こいつは妹に婚約破棄する敵だ! つか、おい!まだ入って良いって言ってないぞ!?って、ん?そうだ!思い出した! この場面······本来はデコの怪我を可哀想に思った殿下が妹に婚約するんだった!って事は、俺······婚約されるってこと······? 「怪我をされたと聞いて来たのですが······鼻血が出てますよ、このハンカチをお使いください」 「あ、どうも」 いや、この国に同性婚が許されていて子供も神からの授かりものとして出来るとしてもだな······。流石に野郎には興味ねぇだろ。 でも、もし物語通りにシナリオが進むとしたら妹ピが婚約者になっちゃう可能性が······。 それはまずい。ダメダメ!俺が何とかしなければ! 「あの、殿下!」 「はい?なんですか?」 「この傷って、跡になりそうですかね?」 「うーん······さあ、どうでしょう?」 どうでしょう?って、やっぱ野郎には手厳しいな······。だが諦める訳にはいかない!何としてでもここで俺と婚約させないと! 「殿下って婚約者いるんですか?」 「ははっ、まだ居ないよ」 「じゃあ、レイナウド家は婚約者として相応しいですか?」 「まぁ、申し分ないけど······どうして?」 こちらを覗き込むように見据えられ、少しビクつく。 ······怪しまれてる。どうする?どうやって婚約してもらう? 「······いや、レイナウド家は爵位ありますし、ほかの令嬢からの面倒臭いアプローチも受けなくなるかなって······」 「そんな理由で私が婚約話を持ちかけようとしているとお思いなのですか?」 殿下の瞳の奥が鈍く揺らいだ。笑顔なのに、笑っているのに笑ってない。怖い。 でも、だからってここで引いては······。 急にグッと手首を掴まれ、ビクつく。なんでそんな睨むの、俺はただメロちゃんを守りたいだけなのに!!! 「メロたんは誰にもやらん!」 「······は?」 情けない事に、そう言う以外に何も思いつかなかった。ボロボロと涙がこぼれ落ちる。 「お前みたいなっ!イケすかないやつに······最愛の妹っ······ヒック······妹ピはっ······」 「······つまり、妹を婚約者として取られたくないと?」 「うん······」 「······そうですか」 「だから、俺と婚約して下さい」 「え?」 「俺と婚約しろ!しなきゃヤダヤダヤダーーー!!!」 「············」 ジタバタと暴れて見せる。何だよ!なんか文句あるのか!?くそ皇子! 「何だか、聞いていた印象と違うな······」 「はぁ!?悪いか!?こっちだって必死なんだよ!」 「一つ聞きますが、貴方男が恋愛対象だとか······?」 「うっ······んな訳、うっ······」 「分かりやすいですね」 クスッと笑いながらそう言った皇子は後光が差し込んでいるように眩しかった。 流石ヒーローだ······。 「言っておきますけど、私も男は恋愛対象ではありません。ですので出来れば妹さんと婚約したいのですが?」 「やっぱレイナウド家狙ってたんじゃん!」 「クス······それに、さっき妹さんとすれ違いましたけど、妹さんは私に気がありそうでしたよ?」 「······だから余計ダメなんだよ」 「なぜ?」 「お前はっ······」 他のやつに恋をして、婚約破棄するんだから······!! 「······殿下、学園を卒業するまででいいんです。それまで俺を婚約者にして下さい」 「······どういう事ですか?」 「その後、婚約破棄して下さって構いません」 「待ってください、双方のメリットが伺えませんが?」 「······予知夢です」 「はい?」 この手強い皇子を落とすには、ここまで話すしかないか······。 「頭を強く打った時に予知夢を見たんです。学園に平民の女の子が特待生として入学し、貴方は彼女に恋をしました」 「······恋、ですか。現実味のない話ですね」 「······殿下、四歳の頃おねしょして泣いたことがありますよね」 「なっ!?」 公式ファンブックに載ってた情報だけど······まさかこれが効くとは······。 「これ以上知ってる情報は教えられません、俺と婚約したら少しづつ教えて差し上げますよ?」 「へぇ?私を脅すとは度胸がありますね」 握られていた手首をさらに強く締められる。俺は殿下を恐る恐る見る。痛みで目に涙が溜まってきた。 「······手首痛い、離して?」 「っ······」 パッと手首が解放され、ブンブンと振り回す。こいつ力強すぎだろ!?ちょっとアザになったんだけど!?ムキーーー!!! 「とにかく!殿下は俺と婚約すること!分かった!?」 「······はぁ、分かりましたよ。それでは後日正式にお伺いします」 やったーーー!!!これで推しピの安全は確保されたーーー!!! 「それに、予知夢と仰ってたのに私の秘密を知ってる事も気になりますしねぇ······」 「ん?なんか言った?」 「いいえ、何も?」 胡散臭い笑顔だなぁ······。 とまあ、そんなこんなで婚約者になる事には成功したが、殿下の婚約者としての苦労がえげつい事をその時の俺は気づかなかった。

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