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第3話

変な違和感を感じながら、いつもと同じように会社へ行く支度を整える。服を着替え、ご飯を食べ、時間通りの電車に乗り込む。 「…あの子は、どうしているんだっけ。」 すでにモヤがかかった男の子の顔。 懐かしい雰囲気を纏って、大粒の涙を……。 「…っ!」 そこで俺はハッとして、急いで電車を降りた。そしてすぐ逆方向の電車に乗り込み、最寄りの駅まで戻っては、とある場所まで全力で走る。 「はぁ、はあっ!」 なぜ、俺は忘れていたのだろう。あんなにも、大切にしていたはずなのに。 「は…っ、かは…っ、」 何気なく生きてきて、普通の人生を送っていたと思う。けど、心にはいつもモヤがかかっていたことに、気が付こうともしなかったのは、俺の怠惰だ。 「…っく、そ!」 緩やかだが長い坂道を登り詰めて、やっと着いた丘にその子……いや、彼はいた。 「遅くなって、ごめん…。」 「…ふふっ、いいよ。」 車椅子に座って丘から見える景色を眺めながら、彼は笑った。きっと、ずっと待っていたに違いない。…俺の事を。 「自分の"落とし物"、自分で拾えたんだ?」 「…ああ。」 生きてきた中で、俺には一部の記憶がない。 当時、悲惨な事件としてたくさんメディアに取り上げられていた。気が付いたらベッドの上にいたし、どこもかしこも痛いし、なんか俺の親は死んでるし。記憶がなくて混乱して、全てが嫌になって、諦めてしまったんだと思う。 だから、その事件に巻き込まれていた恋人をも、俺は記憶から手放してしまったんだ。 「そんな顔しないでよ。仕方なかったんだ、本当に。」 未だ俺に背を向けたままそう言う、彼。 今俺がどんな顔をして、どんな気持ちでいるのか、わかっているようで。 「僕はね、よかったんだ。君が生きてさえくれてたら、このまま忘れられても。思い出して辛い思いをするのは君だから…。」 でも、だからこそ、俺もわかってしまった。 「…本当に?」 ゆっくり近付いて、彼の前に立つ。 大粒の涙を零し、唇を噛み締める大好きで、愛おしくて堪らなかった俺の恋人。 「…っ、もう二度とっ、僕を、僕のことを…っ、忘れないで……っ!」 夢を見た。電車で泣いている男の子の。 「うん。二度と忘れない、約束する。」 そして今、その子が俺を見て、笑った。 -FIN-

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