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雨 音 [番外編]
カン、ボン、コン、コン、ボン……
子どもがでたらめに奏でる音楽みたいな、賑やかな音に目が覚める。
部屋の中はうす暗く、賑やかな音の合間にバタバタと雨の落ちる音がして、今日の天気を知る。
雨の日は薄暗くて湿っていて、長い自慢の耳もなんとなく湿気で重くなるような気がして好きじゃなかった。ただでさえ兎族はその長くて性能のいい耳のおかげで音に敏感だ。外から聞こえるあまりに賑やかな音は、寝起きの頭の中に直接響くようで、正直うるさい。
「なぁ……」
諦めて起き上がり、同じベッドに眠る大きな体を揺り起こす。
「……ん? なに……」
「あの音なに?」
「んー? ……あー、あれか……」
「うるさいんだけど」
「賑やかで面白くない?」
「賑やかだけど……」
「昔、雨漏りした時に、兄ちゃんと色んな入れ物で雨漏り受けて遊んだの思い出してさ……、これだったら雨でも楽しいだろ」
寝惚け声で昔の思い出を語る。何年も前に生き別れた家族の話はタブーではないけれど、ほとんど語られる事が無い。珍しく構えることなく語られた思い出話に『ああそうか』と玄兎は思った。
家族との思い出が詰まった家に一人取り残された白狼が、独人で思い出をなぞって作った音。そう思うとさっきまでうるさいだけだった音が、どこか寂しくだけど楽し気に聞こえるのが不思議だ。
「……けど、やっぱちょっとうるさいな」
ようやく覚醒しはじめた白狼が自嘲するように笑って言った。
「まぁ、そんなに気にならないけど……」
白狼の寂しさを良く知る玄兎が気を使って言葉を濁す。
「でも、兎は音に敏感だから気になるだろ。後で片付けに行くから……」
「片つけちゃうの?」
「さっき、うるさいって言ってたじゃん」
「そうだけど……、よくよく聞いたら楽しいかな、って」
「そう?」
クスリと笑って、まだ寝転がったままの白狼が玄兎の腕を引っ張って布団の中に誘う。
「もうちょっと寝よう。雨だから……何もできないし」
「無理だよ、俺、目が覚めちゃったもん」
「じゃあ、布団の中でじっとしてて」
「やだよ、起きて何か食べよう」
「食べるにはまだ早いってば……」
会話をしているうちに目が覚めて来たのか、声音が段々ハッキリとしてくる。
大人と子ども程も身体の大きさが違う白狼に引っ張られて、玄兎がベッドに転がり抱き寄せられる。
玄兎の心臓がドキリと跳ねる。
お互い特別だと意識しながら、なかなか友達の域から出られない二人は普段は抱き合ったり触れ合うこともぎこちなく、玄兎にとっては同じベッドで寝るのでさえ心臓が飛び出しそうな行為だ。
だけど白狼はそんな玄兎を知ってか知らずか、眠りにつく前と起きてからの微睡んでいる時間はやたらと玄兎に触れたがって声色も甘くなる。それが家族を失い森の中で一人暮らす白狼の寂しさからくるものだとは知っているのだけど──。
でも、無理だって!
白狼が腕を玄兎の胴に腕を回してぎゅっと抱きしめ、髪に顔を埋める。
「もう少し、このままでいてよ」
日中の白狼からは想像できないような声音で甘えられる。
玄兎の心臓はバクバクと爆発寸前で──。だけど、そんな風に甘えられてしまったら無下に出来ない。
「……少しだけだからな」
そう呟き地蔵になった気分で身を固くして、カン・コンとバラバラのリズムを刻む雨音を聞く。
「うん……」
白狼は満足そうに呟いて、腕に込めた力を少し弱める。そうしているうちに、またうとうとと白狼が夢と現実を行き来するのがわかった。
どれくらいそうしていたか──。
コン……、ボン……、カン、カン……
気が付くと、勢いのあっためちゃくちゃな音楽は力を弱めてのんびりと音を奏でていた。
──あー……。寝れないと思ったのに……。
玄兎は寝付いた時と同じように、ギッチリと白狼に抱き締められている。だけど、眠れないと思っていた心臓の高まりは落ち着いていて、抱き締められる心地よさに身を任せる。
髪にかかる白狼の吐息がふっと乱れて、頬をぐりぐりと頭に擦り付けて甘えられる。
「……げんと?」
小さな声で白狼が呟く。
油断していた玄兎はドキリとして、でも何だか起きるのが勿体無くて寝ているふりを続ける。
すると、優しい吐息が髪にかかり、ちゅっ……っと髪にキスが落ちる。
──ちょっと……、何やってんの、白狼!?
玄兎は動揺して、だけど動揺しすぎて寝たふりを続ける。
白狼は少しだけ身を起こし、それから玄兎の頬に唇を寄せる。触れるだけの優しいキスが落ちる。
思わず、ビクリとして玄兎の身体が固まる。
──しまった……!
けれど、身構えた玄兎には気付かず、白狼はもう一度、今度は唇に……。
「……すき……」
キスと一緒に、小さな呟きが落ちた。
そっと白狼がベッドを降り部屋を出ていく。
玄兎はドアの締まる音を確認して、唇を抑えて布団の中で丸くなる。
──何? 何、あれ……?
心臓がバクバクと鳴って、頭がグルグルする。
「何、あれ!」
あんな、声、知らない。寝たふりをしていたから見えなかったけど……、あんな白狼、知らない。
「……どうしよう……」
動揺のままに呟いた。
部屋の外では、玄兎と同じく真っ赤な顔の白狼が、玄兎の呟きを聞いていた。
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