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みえないものが棲むところ(4)

「ここではじめて精霊動物に出会ったんです」  グレイが静かにいった。 「十五歳で、測量技師の父と一緒でね。やはり春でした。途中で磁石をなくして道に迷い、水を探して進むうちにここへきて――そしてあの生き物をみたんです。魔力もほとんどないというのに」 「精霊動物がみつからないのは保護色のうえに目くらましをかけているからさ。目の前にいるのに気づかない連中もいる」 「僕にとってこの場所は精霊動物の聖地のようなものでした。もし精霊動物をみつけられなくても、かならずいると思っていた。あんな風にではなく」 「あれは館の主人がいった『罠』だ」  エヴァリストはなぐさめるような口調だった。珍しいこともあるものだとジラールは思った。 「そのまま檻に転用したんだ。注文が入るたびに魔術師を連れてきて、魔力を与えて絆を結ばせ、無理やり連れだして高値で売りつけるんだ。この土地自体が魔力を貯えるようにできているから、しばらく放置しても問題ない、という仕掛けだな。まあ、もう終わったが」  ジラールの視界には踏み荒らされた湿地が広がっていた。潰れた花が散らばり、水路にはほとんど水がない。 「その地図には最初からここが書き入れてあった」  グレイが広げた地図をみつめながらエヴァリストは淡々といった。 「てっきりあの地図を狙う連中を恐れているのかと思ったが、ちがったな。グレイ、あんたはこの場所が記憶通りの――期待通りの場所かどうかを恐れていた」 「記憶はあてになりませんから」  グレイは背嚢から帳面と巻いた紙をひっぱりだした。 「だから地図を作りはじめたんです。理解のために」  有意義な調査だった、とグレイは別れ際にいった。ふたたび川のほとりをたどって町へ戻ったあとのことである。  帰路につく前、襲ってきた男たち――突風によって荒野へ投げ出された者たち――を捕まえるべきかどうかで、すこしだけ意見が割れた。ひとりでも捕まえて正体を聞きだすか、野ざらしにして放置するか。最後はエヴァリストの一言で終わった。 「あいつらは連中を忘れないぜ。荒野でみつかったらどうなるんだろうな」  来年の春は計画を立て直します。今度はべつの支流へ行きたいです。どうですか、よければ……といくらグレイが誘っても、エヴァリストは笑っているだけだ。 「だめですか?」 「獣に獣の行方をたずねるもんじゃない」 「あんたがたは獣じゃありません」 「僕は飽きっぽいんだ」  ようやくグレイが町を去ると、エヴァリストは珍しくほっとしたような表情だった。いつも誰かを手玉にとっているくせに、珍しいこともあるものだ。  あの湿地で精霊動物たちが逃げ去る前、エヴァリストが何をしたのか、ジラールはいまだ完全に理解していない。魔力をつかって無茶なことをやったのはたしかだろう。 「旅は当分こりごりか?」  ある日、酒場で暇を持て余している魔術師にジラールは声をかけた。季節はとっくに真夏である。移動するには不向きな季節だ。  金髪の頭があがると首に巻きついた獣も一緒に首をのばし、ジラールをみたとたんするりと動いた。元気よくひととびで肩に乗り移る。しかしエヴァリストは物憂げに「まさか」といっただけだ。 「グレイがこれを送ってきた」  ジラールが筒を差し出すとエヴァリストは蓋をあけ、固く巻かれた大判の紙を広げた。書付がはらりと紙のあいだから落ちた。 『しばらく預かってください。この地図を欲しがる人たちがいます」  エヴァリストは吹き出し、ついで長いため息をついた。 「まったく、これだから学者ってのは」 「面倒な連中につかまったらしい」 「どうせ無理やり協力させられているんだろう」 「おそらくな」 「見物に行くか、ジラール?」 「助けてやるのか?」  エヴァリストは答えなかったが、さっきの物憂げな様子は消えていた。手のひらで銀貨を鳴らしながら立ち上がる。 「学者、どこで捕まったって?」 「北だそうだ」 「それなら涼しいな。暑いのは飽きた」  ジラールは魔術師と並んで酒場を出る。肩に乗った獣の尾が柔らかく顎に触れた。  

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