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第12話
学校にはお昼を過ぎた頃に登校した。授業中の校内は静まり返っている。
足下を見ながら重い足取りで階段を上っていると、踊り場で人とぶつかっていまった。
「おっと……! なんだ、佐倉か」
担任の伊藤だった。
伊藤の顔を見た瞬間、奏はポロポロと大粒の涙を溢し始めた。
「ど、どうした? !」
「う、うえーーん……! いとティ!」
奏は伊藤にタックルするように抱きつくと、伊藤のシャツを涙と鼻水でぐしょぐしょに汚したのだった。
結局、そのまま奏は笹尾に会う事もなく、学校を早退した。
その日はテニス教室の日だったが、秋の捻挫があり、秋自身は休みを取っていた。早退したのをいい事にレッスンが始まる時間を狙って、奏はテニスコートに向かった。駐車場に着くと、ケイがちょうど自転車を駐輪場に止めているところだった。ケイの元に駆け寄ると腕を掴んだ。
「奏……」
奏の登場にケイは面食らっているようだった。
「時間、少しいい?」
そう言うと、ケイはコクリと頷いた。
壁打ちがある奥まった所に奏はケイを連れて行くとは行くと、
「この前の返事なんだけど……」
そう口を開いた。
「うん」
これから告げなくてはならない言葉を思うと、胸がひどく痛み始めた。
「あのね……俺、他に気になる人がいるの」
そう告げケイを見るとケイの顔が一瞬歪み、泣いてしまうのではないかと思った。いつもの大人びたケイはそこにはなく、悲しみに歪んだ表情は酷く幼く見えた。二十歳を超えていると思っていたが、思っているよりも若いのかもしれない、ふとそんな事を奏は思った。
「でも、あんたの事も好きなんだ」
「だったら……!」
「こんな気持ちのまま、付き合う事なんて俺にはできないよ!」
奏はそう言葉にすると、涙が流れてきた。
「奏は優しいもんな」
ケイの言葉に顔を上げると、ケイは悲しそうな笑みを浮かべていた。
「奏が少しでも俺に気持ちがあるっていうなら、俺はそれでも全然構わない。でも、それで付き合っても奏が辛い想いをするなら、我慢するよ。けど……」
意を決したように、ケイは帽子を被り直すと、
「奏を諦める事はしないよ。俺だけを好きになってもらえるまで、俺は待つから」
そう言って鋭い真っ直ぐな目を奏に向けた。
(ケイコーチ……)
ケイの意志の強い目に、奏は引き込まれそうになる。
「ケイ! 始めるぞ!」
遠くで年配のコーチがケイ呼ぶ声が聞こえた。
「今行く! じゃあ、また」
ケイは奏の髪に触れると、愛おしむように何度か撫でるとその手は離れていった。行かないでほしい、もっと触れていてほしい、そんな想いは伝わることなくケイの手は虚しく離れていった。
いっそ、自分がもっと適当な人間だったらケイと付き合える事はできたかもしれない、そう思うと自分は損な性格をしていると思った。
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