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04
確かにあの花火大会の夜、俺たちは何人かのクラスメートと擦れ違った。クラスメートに限らず俺たちを知る人間だと考えれば、かなりの人数になるはずだ。
俺のクラスメートは俺には気付いてなかったようだが、あの時、擦れ違った壱人のクラスメートは壱人に新しい彼女が出来たと思っただろう。その彼女は当然だけど見たことのない顔で、だとしたら他校生かと思ったとしても不思議じゃない。
今までの壱人は身近で彼女を見繕っていた。それは、告られてから付き合い始めていたからだ。同じ学校内のことだから、ある程度の付き合い始めるまでの過程なんかも分かっていた。今回はそれが全く不明だからこそ、尚更いろんな噂が立っているらしい。
一番有り得ない噂は新しい彼女は近所のお嬢様学校の生徒で、壱人の許婚 だと言うもの。今までは言い寄られてたから仕方なく付き合ってきたが、どうやら結婚の覚悟を決めたらしいとかなんとか。
そもそも壱人にはずっと彼女がいたから、学校でも友達らしい友達は作らなかった。だから、俺を含めた数人の幼なじみ以外は誰も壱人の両親が作家と看護師だってことは知らなくて、壱人はどっかの金持ちの御曹司だって噂になっていたくらいだ。
いつの時代も噂と言うものは、大袈裟に尾鰭 がついて広がるものらしい。俺の姿をしっかり見ていたであろう連中までもが、壱人が美少女と歩いていたとかなんとか言い出す始末。
気付けばいつの間にか、壱人に美少女の彼女が出来たと学校中の噂になってしまっていた。
「……美少女ねえ」
独りごちた声に少しエコーが掛かり、俺はシャワーの栓を開けた。頭から少し熱めのシャワーを浴びながら、体に飛び散ったいろんな汚れや汗を流していく。
噂自体はむしろ歓迎するべきものだけど、どうしてこんなにもやもやするんだろう。新しい彼女の噂のお陰で壱人に悪い虫はつかないし、本当は俺たちが付き合っているって秘密も隠すことができる。
ただ、壱人の彼女だから美少女だと尾鰭がついた部分が気になるのかも知れない。平々凡々な俺……、まあ女装した俺だけど。
なんだかそんな俺が壱人の隣にいちゃいけないような、そんな気がして。
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