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(前編)

物心付いた時、ボクは既に商品だった。 手首と足首に麻の紐が巻かれていて、ボクの前にも、後ろにも、ボクと同じような子供達が一列に繋がれていた。 生まれてからの歳は良く分からなくて、誰にも教えられないまま、やっと人なりの言葉を話せるようになった頃だった。 親とか、兄弟が居たような記憶はどこにもなかったけれど。少なくともボクがこうして生きてるって事は、どこかにボクを産んだ人が居たって事なんだろう。 家族と言うのは、そんな遠いイメージでしかなかった。 とにかくいつもお腹がすいていて、あんまり難しい事は考えられなかった。 繋がれている子供達には、時々買い手がついた。 それは大抵、体格の良い男の子や、可愛い女の子で、背も低く、痩せっぽちのボクはいつまでも売れ残っていた。 そんなボクを、商人のおじさんが見下ろして 「所詮、拾い物か……」 と呟いた。 ……拾い物? ボクは、道端に落ちていたの? ボクには、他の子みたいな、お父さんとか、お母さんはいないの……? 疑問が胸に湧き上がる。 けれど、商人のおじさんに話しかけた子供はいつも、その手にしている細い棒で叩かれてしまうのを知っていたので、ボクは黙っていた。 「維持費もかかるし、そろそろバラすか」と口にしながらおじさんが去って行く。 その後ろ姿をぼんやりと見つめていたボクの顎に、手がかかる。 くいっと顎を引かれて、強制的に顔を上げさせられる。 ボクの顔を覗き込む、見知らぬ男の人……。 紫色の髪を、肩の下でゆるやかに結んだその人は、眼鏡越しに微笑を浮かべたまま、ボクの顔をじっと見ていた。 親指の腹で、丁寧にボクの顔にこびりついていた泥を落とすと、細めていた目を一瞬うっすらと開いて、 「悪くないですね」 と呟いた。 ぽかんとしているボクの背中側に男の腕が回される。 男の人は、ボクの背骨に沿って指を這わせた。 「ひゃわぁぁぁあああぁあ!?」 思わず声を上げてしまったボクに、男の人は満足そうに頷いてみせた。 「反応も良いですね」 いつの間にか男の人の隣に、商人のおじさんが立っている。 子供を逃がしたり、連れ去られたりしないよう、おじさんはいつもお客さん達を見張っていた。 男の人は、商人のおじさんを振り返ると、いくらかのお金を手渡した。 たったそれだけで、ボクは縄を解かれた。 あっという間だった。 ここから抜け出すことが、あの、死を待つ列から抜け出すことが、こんなに簡単だったなんて。 考えた事もなかった。 ここ以外のどこかに、ボクが行けるなんて。 ボクの手を引いて、ボクの前を歩く、真っ白な上着の男の人……。 ボクはこの瞬間から、この人の物になった。 ---------- 研究所での暮らしは、見るもの全てが初めてのものばかりで、新鮮だった。 ボクを買ってくれた男の人は、周りの人達からラディーと呼ばれていた。 本当の名前は聞いたことがなかったけれど、ラディーと呼べば彼は返事をしてくれる。 ボクは、それが嬉しくてたまらなかった。 研究所に来てしばらくの間は、規則正しくご飯を食べて、血を採ったり、体重を量ったり、そんな生活だった。 手じゃなくて、スプーンやフォークを使ってご飯を食べる方法も教わった。 少しすると、ボクは今までよりずっと色んな事が考えられるようになった。 今までは栄養失調という状態だったんだと、ラディーが教えてくれた。 「あまり栄養が行き渡っても、その細い身体のラインが維持できなくなりますし、 そろそろ合成に入りましょう」 ラディーがいつものようにふんわりと眼鏡の奥で微笑む。 「うんっ」 ラディーが口にする言葉は、いつも聞いたことのない単語がイッパイでよく分からなかったけれど、ボクが大人しく言う事を聞けば、彼が喜んでくれるという事だけは分かっていた。 「ねえ、ラディーはどうしてボクにこんなに優しくしてくれるの?」 ボクの質問に、部屋を去ろうとしていたラディーが振り返って答える。 「私はね。君のような可愛い男の子が大好きなんですよ。 君が、限界まで追い詰められて、縋り付く様を見たいのです」 「ふーん……?」 やっぱり、よくわからないけれど、ラディーは、ボクの事が大好きって言ったのかな……? 「難しかったでしょうか?」 ラディーが苦笑する。 「え、ええと、よく分かんないけど、ボク、頑張る!!」 ラディーが喜んでくれるなら、何でもしたい。 ボクは少しでも彼の力になりたいと、心の底から願っていた。 「ええ、頑張ってくださいね。合成の後はしばらく辛いでしょうが、私も時々様子を見に来ます」 「うんっ!」 「それに……、合成後には、私の言った事が嫌でも分かりますよ」 「うん?」 なんだろう。 嫌っていうのは良くない言葉だよね……? 「私が、その身体に直接教えてあげましょうね」 ラディーがボクをじっと見つめて微笑んだ。 その表情が、なんだかすごく楽しそうだったので ボクもつられて微笑み返した。 ボクが、別の生き物と合成されたのは、それから一週間後の事だった。 ---------- 絶え間なく訪れる痛みに、ボクの喉は嗄れ果てて、薄く開いたままの口から漏れるのは、乾いた荒い呼吸だけだった。 灼けるような熱さと、凍えるような寒さが交互に襲い来る、朦朧とした意識の片隅で、ただひたすらにこの苦しみが過ぎる事だけを祈った。 時々、ラディーが様子を見に来てくれたけれど、最初の十日はそれさえも分からなかった。 合成からひと月ほど経って、ボクはようやくラディーとまた会話できるようになった。 ふわふわの犬のような耳に繫ぎ合わされた耳は、まだぼんやりとしか聞こえないけれど、そのうち今までより良く聞こえるようになると、ラディーは優しく微笑んだ。 そういえば、包帯を毎日換えに来てくれるお姉さんが、ボクの事を可哀相だと言っていた。 麻酔も、痛み止めも、失神しない最低限度しか投与しないのは、ラディーが悪趣味だからなんだって。 悪趣味ってなんだろう。そう思ってラディーに聞いてみたら、 それはボクが知らなくてもいい言葉なんだと教えてくれた。 次の日から、お姉さんは来なくなった。 代わりに、ラディーが毎日来てくれるようになった。 ボクは嬉しくてたまらなかった。 今まで、三日に一度会えれば良い方だったラディーが、毎日来てくれるなんて。 ボクの包帯が左肩と両足の継ぎ目だけになった日。ラディーが、いつものように触診だとボクをベッドに寝かせてから、何故か眼鏡を外した。 ボクは、この日までラディーが眼鏡を外した姿を見たことがなかった。 普段から、ラディーはボクの肌を押したり軽く叩いたりしてよく何かを調べていたけれど、今日はいつもとちょっと違った。 ぎゅっと押さえたり、トントンと叩くような事もなく、ただするりと撫でるようにボク体の上でラディーの手が動く。 ラディーの、白くて細くて長い指。 ラディーはほとんど外に出る事が無いから、肌が誰より白いんだって言ってたのは誰だったっけ。 あまり良い言い方ではなかった気がするけれど、僕は、ラディーの白くて細くて長い指がすごく好きだった。 ラディーは、まるで何かを探しているかのように、ボクの肌の上でぴたりと手を止めて、ゆっくり指先だけを動かした。 ボクの胸に二つついてるピンク色の……これなんていう名前だったっけ。 それをラディーが指先でクルクル撫でる。 そうすると、ふにゃっと柔らかかったそれは、ぷっくり尖ってきた。 ラディーの爪の先が、ボクの胸の突起を引っ掻くと、ボクの体はびくりと跳ねて、口から勝手に声が漏れた。 「んんっ」 ボクが自分の声に驚いて目を丸くしていると、ラディーが表情を変えずに、口元だけで笑う。 「……どうしました?」 ラディーがボクの目をじっと見つめる、その目がなんだかいつもと違って、怖くて、ボクは慌ててラディーに説明した。 「い、痛いんじゃないよ、えっとね、びっくりしただけなの」 するとラディーはいつものように微笑んで 「それなら、今度は平気ですね」 と、もう一度ボクの胸を掻く。 「んんんっ!」 さっきよりもう少し強く引っかかれて、またボクの体が跳ねる。 ラディーがそれを、とても楽しそうに見下ろす。 「どうしたのですか?」 ラディーが首をかしげながら聞くので、ボクは困ってしまった。 「ええと……よくわかんない……」 ボクの体は、一体どうしたんだろう。 痛くなかったのに、声が出ちゃうなんて。 何かこう、かゆいような、くすぐったいような、だけどすごく熱いような……。 一瞬だけ、ラディーに触れられたところが、じゅっと灼けるような感じだった。 考え込むボクの耳元で、ラディーが優しく囁く。 「では、これからたっぷり、私が教えてあげますね」 ラディーの生暖かい息がかかって、ボクのふわふわした耳の毛が揺れる。 お腹の下の方から、ぞわわわっとした不思議な感じが背筋をのぼってくる。 つられるように、動物のような毛並みになってしまったボクの手足が、その毛を逆立てた。 また声が出そうになるのを必至で堪えて、ボクは「うん」と頷いた。 「まずここは、乳首です」 「ちくび?」 ラディーがボクの胸に二つついてる乳首というのを、両方とも指先で挟むようにして見せる。 「そう、感じるところですよ」 「何を?」 途端、ラディーの指先に力が入る。キュッと摘まれて、ビリッとするような感覚に腰がびくりと跳ねた。 「ぅあっ」 話している途中だったボクの口から、今度はハッキリ声が出て、ボクは恥ずかしくてたまらなくなる。 「ご、ごめんなさ……」 ラディーが乳首を今度はギュッと摘む。 「ぅんんっ」 そのままぐりぐりと指の間で摘んだまま擦られる。 「ぁ、ぅ、っぁ、ぁあっ……」 ボクはこれ以上変な声が出ないように、慌てて両手で口を押さえる。 「ンンッ」 ラディーは何も言わずに、乳首を引っ張ったり押し込んだりしながら、ぐりぐりしている。 「ン、……ンンッ……ッ」 ぎゅっと目を閉じて、なんとか耐えようと頑張るボクの耳元に、ラディーの顔が近付く。 「目を開けて、手も離しておきましょうね」 耳元で小さく囁かれた声が、ふわふわの耳の中で大きく聞こえる。 ラディーの声に、恥ずかしさで顔が熱くなる。 ボクは、何か失礼なことをしてしまったのかも知れない。 「ごめんなさいっ」 口を押さえていた両手を離し、目を開けると、ラディーの顔がすぐそばにあった。 「……いい子ですね」 にこりと微笑まれて、ボクはほっとする。 怒ってはいないみたいだ。 動きを止めていたラディーの指が、またボクの乳首を摘み上げる。 「ふぁっ」 そのままラディーはボクの顔を見ながら、それを弄り続ける。強く、弱く、また強く。 引っ張ったり、捻ったりされる度、ボクの口からたくさんの声が溢れた。 大好きなラディーにこんな姿を見られているのが恥ずかしくて、僕は耳まで赤くなる。 心臓のドキドキが耳のすぐそばで聞こえてるみたいだ。 「これが、感じるという事ですよ」 ラディーが囁く。 「かん、じる……?」 息が苦しくて、言葉が途切れ途切れになってしまった。 「ええ、気持ち良さを感じたら、今度は私に教えてくれますか?」 「う、ん、わかった……」 気持ち良いって言われたけど、これは、気持ち良い、の、かな? なんか熱くて苦しくて、ちょっと怖いくらいなのに……。 不安を感じるボクのお腹の上を、ラディーの手が滑り降りる。 ラディーの指が、ボクの下着に入り込む。 「え?」 「今日は下も調べますからね、脱がせてあげましょう」 「だ、大丈夫っ、ボク自分で脱げるよっ」 慌てて起き上がろうとするボクの肩を、ラディーが押さえる。 「こういう時は、相手の言う通りにしましょうね」 「う、うん……」 こういう時っていうのが一体どういう時なのか、まだこの時のボクには分からなかったけど、大人しく従う。 ラディーは口元だけで少し微笑んで、ボクの下着を下ろすとボクのおちんちんを優しく撫でた。 「これはなんと言うか分かりますか?」 「お、おちんちん……」 「そうですね、君にはその言葉が似合っていますよ」 「?」 他にも呼び方があるのかな? ボクが不思議に思っていると、ラディーが続けて質問する。 「では、これは何をするためのものか、分かりますか?」 「えっと、おしっこをする、ため……?」 「ふふふ、他にも役目があるんですよ」 「他の、役目……?」 ラディーが嬉しそうに笑うので、ボクはまた少しほっとする。 するりと下着を足元まで脱がされる。 診察台から下着がぼとりと落ちたけど、ラディーは気にしてないようだった。 ラディーの手が、ボクの両足を掴むと膝を立てるようにしながら開く。 そして、なぜか、ラディー自身もズボンと下着を下ろした。

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