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秘密をあげる Ⅰ

上半期が終わったので飲み会をやろうと言い出したのは、やっぱり佐竹だった。それに渋い顔をして曖昧に返事をして遠まわしに断ったはずだったのに、いつの間にか徳井が店を予約して皆の予定を調整していて、だからそういう能力は仕事以外の場所で使うのは止めなさいと言っているのに、全く聞き分けがないので困っている。雑用のせいで少しだけ遅れて飲み会の会場に着くと、広めのテーブルの一番上座に何故か、堂嶋班ではない人間が座っていて、堂嶋は心底吃驚した。 「あ、堂嶋さん、乾杯間にあって良かったですー」 目聡くやってきた堂嶋を見つけて、徳井が席に案内してくれる。 「な、んで、柴さん、いるんですか」 「・・・何か誘われたから?」 事務所を出る時に確認しなかったが、柴田がこんな時間に仕事から解放されているなんて珍しいから、きっと早くから根回しをしたに違いない。ちらりと徳井を見やると、良い笑顔で親指を立てられて、何がグッドなのか全く分からないと思いながら、柴田の隣に座る。 「さ、そわれたって、誰に?」 「ん、鹿野」 「鹿野くん!?」 てっきり佐竹か徳井の仕業だと思っていたので、堂嶋は過剰なほど驚いて思わず大声を出していた。鹿野目が噛んでいるとは全く知らなかった。じとっと向かいに座っている鹿野目を見やると、鉄仮面は相変わらずの無表情で、堂嶋にドリンクの表を手渡してきた。 「堂嶋さん、何飲みますか、生でいいですか」 「・・・いーよ」 「柴さんも生でいいですか?」 「いや、俺ビール飲めないんだわ、ごめん。グレープフルーツサワーにする」 「柴さんビール飲めないんですか?」 煩い、と思ったら柴田の向こう側に佐竹がちゃっかり座っていて、誰が仕組んだか分からないけれど、この席順は非常にまずいと堂嶋は思った。 「あー、うん、何か味が苦くて無理」 「でたでた、偏食」 「かっわいい!」 「え?」 「は?」 目をキラキラさせて佐竹が柴田のことを見ている。こんな生き生きした佐竹は見たことがないと思いながら、堂嶋は開始早々うんざりしていた。 「ビール飲めないなんてかっわいいですね!柴さん!苦くて無理なんて女の子みたい!」 「煩い、佐竹くん・・・ほんとにもう・・・!」 「・・・かわいくはないかなー、結構どこ行っても不便だぞ」 堂嶋は何故、柴田が普通に受け答えをしているのか不思議だった。自分が同じことをしたら絶対に怒られるのにと思いながら、柴田越しに一段とテンションの高い佐竹を見やる。今日の飲み会はいつもより長く、面倒臭いことになるに違いないことを堂嶋は確信しながら溜め息を吐いた。 しかしそんな堂嶋の思案をよそに、柴田を相手にするのは大体仕事の話ばかりで、普段忙しい柴田とちゃんと仕事の話をしたことがない堂嶋班のメンバーは目をキラキラさせながら、柴田の話に頷いたり矢継早に質問をしたりしていて、堂嶋は構えていた分、拍子抜けしたがほっとしていた。なんだかんだ言いつつ、皆仕事に対して根っこは真面目にできているのだ。飲み会もそろそろお開きになりそうな段になって、お手洗いから帰ってくると、先程まで流暢に喋っていた柴田が掘りごたつの座敷の上に寝転がっていた。それだけなら慣れない飲み会で酔い潰れてしまったのか、仕方ないなぁで済むところ、何故かその柴田を後ろから羽交い絞めにするみたいに鹿野目が支えて、佐竹は意識のない柴田に携帯電話を向けていた。堂嶋はさっきまで安心しきっていた頭が、銅鑼でも打ち鳴らされているのかと錯覚するくらい、急に痛くなって慌てた。 「何やってんだ!君ら!」 「あ、堂嶋さん、おかえりなさい」 結構な大声で怒鳴ったはずだったが、それに反応したのは柴田を後ろから抱え込んでいる鹿野目だけだった。相変わらず鹿野目は無表情でいつも通りで、堂嶋が自分も含めて怒鳴っているのだと言うことに気付きようもないようだった。頭が痛い。 「鹿野、お前ちょっと、もうちょっと柴さんの顔こっち向けて」 「あ、はい。こうですか」 「ん、そうそう」 佐竹はというと堂嶋の帰還に気付いていないわけではないはずなのに、全く無視で自分の携帯電話を覗いて、そこに写る柴田の顔の角度を気にしている。堂嶋は店員にこんなところを見られでもしたら大惨事だと思って、堂嶋は慌てて後ろ手で個室の扉を閉めると柴田の方に駆け寄って行った。そうしてにやにやしている佐竹の手から携帯電話を取り上げた。 「あー!なんすか!堂嶋さん!」 「なんですかじゃないよ!何やってんだよ!」 「いや、だって、柴さんが酔っぱらって寝ちゃったから、ちょっと記念に写真を撮ろうとしただけですよ!別にそれをおかずにしようなんて思ってません!」 「君は本当に色々最低だな」 堂嶋は呆れ果てて、それにもう何か言うのは諦めた。佐竹の携帯電話の電源を切ると持っていても仕方がないので、ぽんと放って佐竹に返す。佐竹はそれを握りしめて、何故か恨めしそうな顔で堂嶋を見やった。堂嶋はそんな顔をされる筋合いはないと思いつつ、それに眉を顰めた。ちらりと柴田の様子を伺うと、いつも青白い顔は薄ら赤く血色を帯びていて、鹿野目の膝の上で意識を失ってすやすやと眠っている。仕方なく堂嶋はすっとしゃがんで柴田に近づくと、その肩を揺さぶってみた。 「柴さん、柴さん、起きてください」 「無理ですよ、堂嶋さん、俺らで起きないか散々確かめたから」 「・・・あ、そう」 口を尖らせて佐竹がそう言うのを聞きながら、堂嶋は確かに佐竹が言うとおり柴田は良く眠っており、起きる気配がなさそうだと思った。しかし散々確かめたとはどういうことだろう、堂嶋は一度考えたがそれ以上そこを掘り返しても知りたくない事実しか出て来なさそうなことは何となく分かった。それよりもどうにかしないといけないのは柴田が眠って動かないという現状で、酔っぱらって眠ってしまったのは柴田の責任だろうけれど、勿論柴田をそのまま飲み屋に転がしたまま帰るわけにはいかない。 「どうしよう・・・」 「あ、堂嶋さん、俺にいい考えがあります」 「佐竹くん、ちょっと黙っててくれる?」 「俺が連れて帰ります、俺ん家に!」 「だから黙ってくれって言ってるじゃないか・・・」 懲りない佐竹の相手をするのに疲れた堂嶋は、肩を落として小さくそう呟くので精一杯だった。 「でも堂嶋さん、どうするんですか。柴さん軽いけど、堂嶋さん持ち上げられないでしょ、流石に」 「うるさい、チビだって言いたいんだろう!ほんとに君は俺に迷惑しかかけない!」 「そんなー、大体つぶれたのは柴さんの責任でしょうー」 「いえ、佐竹さんが柴さんのウーロン茶を途中からウーロンハイに変えたのが原因だと思います」 「鹿野、オイ、ばらすな」 「佐竹くん!!!」 堂嶋がまた怒鳴って、全く反省の色のない佐竹はただ首を竦めてそれに応えるだけだった。

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