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嘘吐き夜を目指す おまけ

「うー・・・ん?」 目を覚ますと知らない部屋の中にいた。状況がよく分からなくてぱちぱちと瞬きをした後、むくりと起き上がる。ぼんやりとしたまま部屋の中を見渡すと、やはりそこは自分の家ではないようだった。誰かが住んでいるような生活感はあるから、ホテルではないようだし、それにしても一体どうしてこんなところで寝ているのか、全く覚えがないのが怖かった。 「あれ、西利起きたの?」 「志麻さん・・・?」 がちゃりと部屋の扉が開いて、そこから出てきたのは同じ班で先輩の藤本だった。なぜ藤本がここにいるのかよく分からないが、そういう顔を多分その時西利はしていたのだろう、藤本はいつものように少し仕方がないみたいに笑いながら、持っていたコップをベッドに座ったままの西利に手渡してきた。反射的にそれを受け取る。コップの中からコーヒーのいい匂いがしていて、多分藤本がそれをひとつしか持っていなかったから、それは藤本が飲むために自分で用意したものだろう。考えながら、西利は受け取ったそれを飲んでいいのか確認するつもりで、立ったままの藤本を見やった。藤本は笑っている。 「・・・志麻さん、わたし」 「覚えてないんでしょ、あんたべろべろに酔っぱらってたからね」 「はぁ・・・すいません・・・」 コーヒーをありがたく飲みながら、そういえば昨日は待ちに待った天海とのデートのはずだった。店に入る前に織部と須賀原に捕まってから、おかしなことになってしまい、天海は織部と途中で帰ってしまうし、と、そこまで考えてからそういえばその後須賀原とふたりでしばらく飲んだような気がするけれど、そこから藤本の家に行くまでの記憶がすっぽりと抜け落ちている。 「・・・わたし昨日どうしたんですっけ・・・?」 覚えていないことをたった今思い出したみたいに、西利が急に青くなって神妙に呟くのに、藤本は笑ってしまいそうになった。 「昨日すがちゃんが電話してきてさ」 「すがさんが?」 「そー。西利が店でつぶれて寝ちゃったから迎えに来てほしいって。そっからアンタをここまで運ぶの大変だったんだからねー」 「・・・すみません・・・ぜんっぜん覚えてないですぅ・・・」 「アンタ爆睡してたからね、すがちゃんにもちゃんと謝っときなさいよー」 言いながら藤本は事務所で見るのとはまた違う、寛いだ格好で目の前で手をひらひらと振った。西利は覚えていないがきっと醜態をさらしたことを想像して、勝手に恥ずかしくなって耳まで真っ赤にしながら、自分を落ち着かせる意味を込めて、藤本が渡してくれたコーヒーをもう一口飲んだ。泥酔してつぶれてしまった割には、二日酔いの気持ち悪い感じもないし、何より昨日と同じ服を着たままなので吐いてはいないようで、迷惑も最低限で済んでいるのかなと藤本には聞かせられないが一人で思う。 「っていうかさ、アンタ昨日アマさんとデートだって言ってなかったっけ?なんですがちゃんと一緒に飲んでたの?」 「あー・・・その予定だったんですけど、なんか店の前で織部さんとすがさんと会ってぇ・・・」 言いながらそのことを思い出して、西利はひとりで渋い表情になる。 「へー、なんかすがちゃん最近織部と仲良いよね。同じ大学だけど接点ないってすがちゃん言ってたけどさぁ」 そういえば藤本はふたりと同期だから、ふたりのことを西利よりずっとよく知っているはずだった。こんなことならもう少しリサーチをかけておくべきだったと思いながら、西利はベッドの上に立てた膝に顎を乗せてはぁと大きく溜め息を吐いた。 「・・・すがさんはいいひとだから織部さんに体よく利用されてるだけだと思いますけど、天海班だし」 「利用?なに急に怖いこと言って」 あははと藤本がやけに快活に笑って、西利はそれをぼんやりしながら聞いていた。なんだか今日の藤本はいつもよりテンションが高いなと思った。事務所にいる時の藤本は、大体いつも眉間に皺を寄せて不機嫌そうにしている。激務が藤本をそうさせるのかどうかわからないけれど、酔ってつぶれて爆睡していた自分のことがそんなに面白かったのだろうか。 「じゃあアマさんとふたりじゃなかったんだ?」 「・・・んー、まぁ」 「へー、でもふたりじゃなくてよかったんじゃない?私アマさんとふたりにされたら何話していいか分からないし」 「全然アマさんとは喋れなくてー、織部さんが邪魔ばっかしてぇ」 「あはは、織部はまぁ、アマさんのこと好きだしねぇ」 「えー、志麻さん知ってたんですか?っていうか好きってホントなんなんですか・・・」 「だって健介がよく言ってるからさぁ、自分とタケさんは柴さん派で織部だけは天海派だって」 それを聞きながら西利は、本当に織部は、佐竹や徳井が冗談みたいに酒の席で話すそれと同じなのだろうかと思った。あんな風にわざわざ時間を割いて、業務時間外にまるで後をつけるみたいなタイミングの良さで店の前に現れたりすることを、それで片付けてしまってもいいのだろうか。 (違う気がする・・・織部さんはたぶん、ほんとにアマさんのことが好きなんだ) あんな風に一生懸命天海に近づく女の子一人一人に釘でも刺して回るつもりなのか、そんな途方もないことをしなければいけない方法で、天海のことを好いている織部のことを考えると、なんだか織部も織部で不憫でかわいそうな気がして、西利は冷めた頭で少しだけ織部に同情した。だって、天海は西利がたった一度食事に行きませんかと誘ったくらいで、しかもそれも矢野に簡単に阻まれたのに、それをわざわざ後日西利に約束を取り付けに来たりしているのだ。まるで織部のそれを天海が汲んでいないのが、部外者の西利にも分かる。はぁと溜め息を吐くと、コーヒーの匂いに混ざって少しだけまだ酒の匂いがした。 「まぁまぁ、またアマさんのこと誘えばいいじゃん。ごはん行ってくれるってことはさ、別にアンタのこと嫌いじゃないわけだし、アマさんも」 「・・・いや、もういいです、アマさんのことは」 「なに、諦め早いじゃん、どうしたの?」 藤本が心底不思議そうな顔をして、首を傾げている。確かに今までの自分なら、こんなことでへこたれたりはしないはずだった。鹿野目の時のようにはっきり断られたわけでもないし、諦めるもなにもまだなにもはじまっていない気がする。 「いや、私、分かったんですよ、志麻さん」 「なにが?」 「私を幸せにしてくれるのは高収入のイケメンじゃなくて、地味でもふつーでもいいから誠実で優しい人なんです・・・」 「・・・西利がまともなこと言ってる・・・!」 今度は心底吃驚したような声で藤本がそう言うので、西利は失礼なと内心思ったけれど、そういえば恋愛の話の時に、藤本がそんな風に言ってくれたのは初めてだと思った。 「とりあえずすがさんにごめんなさいの電話でも入れようかな、今度ごはん行く時はもう飲まないようにしよ」 「相変わらず近場を攻めるのはやめないのね」 そう言って呆れたように藤本は笑った。 Fin.

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