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第1話

恋人である清奈の姿を初めて見掛けたのは、高校の入学式を終え帰宅しようとバス停に向かっている途中でのことだった。 自分と同じ学校の制服を身に纏った男が、桜の樹の下で泣いているのだから驚いてしまった。 けれどその横顔はとても綺麗で、手を差し伸べたくなったのを覚えている。 他クラスの為、再び彼の姿を目にしたのは、それから一週間後だった。 黒かった髪は金色になっていて、耳には幾つかのピアス。 皆には不良扱いをされていたけれど、僕には強がっているようにしか見えなくて。 また何処かで泣いているのではないか、と不安で仕方がなかった。 憐れみが恋心に変わったのは、自然な流れだったように思う。 入試からずっと学年トップだった僕は秀才だなんだと騒がれるようになったけれど、そんなことは全然なかった。 小学生の頃に大病を患い、つい最近まで闘病生活を送っていた為、ベッドの上で出来る事といえば限られていて。 勉強ばかりしてきたのだから、テストで良い点数が取れるのは当たり前だった。 それをいちいち説明するのも面倒で笑って受け流しているうちに、今度は謙虚だの優しいだのと言われ、やたらと周囲に人が集まってくるようになったのだ。 鬱陶しいというわけではないけれど、特に興味も湧かなくて、僕はただ校内でほとんど姿を見掛けない彼と、どう接点を作ったら良いのかを考えてばかりいた。 今の関係になったのは、学年が一つ上がり同じクラスになってからのこと。 すぐにそうなれたわけではなく、彼が教室に現れるようになった夏頃までは、まともに顔を見ることさえないまま過ごしていた。 久し振りに姿を見れた時、明るい感情は生まれなかった。 目の下に濃い隈が出来ていて、ひどく窶れていたからだ。 どんなに気温が高く暑くなっても、長袖のシャツを捲りもせずに着用し続けているのも気になった。 何度も理由を聞いてしまおうかと考えたけれどそんな勇気はなく、授業中に横目で様子を窺うだけで精一杯だった。 その視線に気付いてなのか、よく彼とは目が合った。 普段なら興味なさげな態度で逸らされてしまうのに、キッカケとなったその日は何故か長いこと睨むように此方を見ていて。 不思議に思いながらも先に目線を黒板に戻すと、すぐに椅子の倒れる大きな音がして、彼が教室を飛び出して行ってしまったのだ。 一瞬だけ見えた顔が青ざめていたように感じ後を追うと、トイレの入り口の床に蹲って過呼吸を起こしていた。 焦らなかったといえば嘘になるけれど、それよりも楽にしてあげたい気持ちの方が強かった。 自分があの時どうやって対処したのか、とにかく必死で記憶は曖昧だ。 ようやく呼吸が整った彼は疲れきっていて、そのまま気を失ってしまった。 保健室へ連れて行く為に抱き上げた身体は、あまりにも不自然な程に軽くて。 目を覚ました彼と話をしているうちに、言うつもりのなかった想いが勢い余って口から溢れた。 しまった、と思い咄嗟に目線を俯かせ両膝を握ると、弱々しい声でぽつりと返ってきたのは、自分自身を貶める言葉で。 嫌われようとして、というよりは、本心が漏れたという感じだった。 切なくなり否定すると、突然に彼は何かの影に怯えるような様子で、ポケットから取り出したカッターナイフを手首に向けて振り翳した。 慌てて腕を掴むと刺さる前に正気に戻ってくれたけれど、両手で顔を覆って泣き出してしまい、僕は告白してしまったことを謝るしか出来なかった。 せめて早く涙が止まるようにと黙って頭を撫でていると、暫くして彼は不安げな表情を浮かべながら、傍に居たいと言ったのだった。 まさか受け入れてもらえるとは思わず驚いたけれど、じわじわと嬉しさが込み上げてきて頬が緩むのを抑えられなかった。 昔の話をしてくれたのは、付き合って数回目の過呼吸を起こした後だった。 まずはどうにかしてトラウマの原因から離してあげたくて、冬が訪れる少し前に二人で暮らす為のアパートを借りた。 お金については事情を説明し、学生の間は僕の両親が援助してくれることになった。 それでも相変わらず彼の傷や薬は増えていくばかりで、一向に回復の兆しが見えない。 痩せ衰えていく様は痛々しく、恐怖すら感じる程で。 支えられるのは自分だけ、なんて思い上がりにすぎなかったのだ。 想像していたよりもずっと、彼の闇は深く暗くて。 次第に学校に行ける回数も減り、三年生になることなく辞めざるを得なくなったのだ。 自分も辞めようと思っていると伝えれば、彼は駄目だと言い頷いてはくれず、仕方なく通い続けた。 そして卒業してからは進学せずに働き始め、ギリギリではあるものの、なんとか誰の力も借りずに暮らしていけていた。

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