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第2話
「..ごめ、ご..めん、なさ..ご、め..」
「大丈夫、大丈夫だよ。」
仕事から急いで帰宅すると、リビングの隅で頭を抱え込むようにして小さくなっていた。
床に作られた血溜りの中心に、随分と古くなったカッターナイフが落ちている。
取り上げてしまえば良いのだろうけれど、それでは何の解決にもならなくて。
パニック発作が酷くことも考えられた。
そっと近くに寄ると目の前にしゃがんで、壊れ物を扱うように優しく抱き締めた。
哀しげな声で何度も許しを請う姿に、心が苦しくなる。
わなわなと震える赤く濡れた両腕が僕の背中に回されると、そのまましがみつくようにして強くシャツ掴んだ。
穏やかに笑って過ごせる環境を、与えてあげることは出来ないのだろうか。
「まさ、や..」
「ただいま、清奈。」
まだ微かに震えてはいるものの、だいぶ落ち着いたようで、ゆるりと顔を上げた彼が此方を向く。
頬に触れ涙を拭いながら微笑んでみせれば、強張っていた表情が僅かに緩んだ。
それを確認してから身体を離し、棚の上に置かれた救急箱を取りに立ち上がる。
こんなにも苦しんでいることを、彼の両親は知らない。
自分達が追い詰めたと知ったところで、何とも思わないのかもしれない。
幼き頃のたった一度の失敗が、どうしてそれ程までに許せないのか、僕には理解し難かった。
「手当てしよっか。」
救急箱を持って戻ると、力なく壁に身を預けていた。
先程と同じように目の前にしゃがみ、傷口に触れないよう注意ながら、消毒液で血を拭き取り、ガーゼを添えて包帯を巻く。
範囲は広くないけれど、いつもより深く切れていた。
意図的にやっているわけではない為、加減が出来ないのだろう。
このままの状態が続けば、死んでしまう可能性だってある。
いつでも救ってあげたいと思うのに、無力さに気付かされては絶望するばかりだった。
「動ける?とりあえずソファー行こう。」
「..平気。ありがとう。」
ふらつく身体を支えながら立ち上がらせ、手を引いてゆっくりソファーへと誘導する。
並んでソファーに腰掛けポンポンっと自分の膝を叩き合図すれば、遠慮がちにちょこんと太腿の上に頭を乗せて横向きに寝転がった。
伸びっぱなしの髪を梳かすように撫でると、擽ったそうに目を細めたけれど、嫌がっている感じではなさそうだ。
なんだか猫みたいで可愛らしく、口角が勝手に上がってしまう。
「..もし過去を克服できたら、雅也は居なくなる?」
「え、居なくならないよ!」
「そっか、良かった。」
暫くお互いに黙ったままでいると、モゾモゾと体勢を仰向けに変えた彼が、呟くように呼び掛けてくる。
じっと此方を見つめるその表情が何処か寂しげだったから、何を言われるのか全く見当がつかず、ただ首を傾げて続きを待つ。
そして少し間を置いて発せられたのは、あまりに意外すぎるもので。
戸惑いに間の抜けた声が漏れるも、慌てて否定の言葉を返す。
すると彼は安堵したのか、穏やかな顔つきになった。
「恋愛感情なんて分からなかったけど、最近になって少し分かったような気がするんだ。俺、雅也が好きだよ。」
「..ありがとう、清奈。ずっと一緒だよ。」
どうしてそう思ったのか問おうとしたところで、彼の方が先に口を開いた。
長い時間を共に過ごしているうちに、情が移ったのかもしれない。
それでも初めて聞く彼の想いは嬉しくて、舞い上がるような気分だった。
話してくれた本人は恥ずかしそうに目線を彷徨わせ、白い頬を薄紅色に染めている。
愛おしくて、愛おしくて、たまらない。
耳元に唇を寄せて思うままに囁けば、彼はへにゃりと緩んだ笑みを浮かべた。
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