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第2話
「ーーさん!要さん!」
「..りゅ、う..」
ふっ、と目を開けると仕事から帰ってきたばかりであろう龍に肩を揺すられながら、いつになく大きな声で何度も名前を呼ばれていた。
何が起きているのか分からず、ただ名前を呼び返してみる。
すると龍は、ホッと安堵したように強張った表情を緩めた。
どうなっているのか考えを巡らせ事態を理解した途端、胃の不快感が甦って床に寝そべった状態から起き上がれず蹲る。
「大丈夫ですか..?」
「..きも、ち..わ、るい..」
「えっ、吐きそうですか!?」
「っ吐、きそ..」
蹲ったまま震え出す僕の身体を、龍が心配そうに抱き起こす。
大丈夫だと言いたいところだったけれど、とてもそうはいかず、気分の悪さを訴えることしか出来なかった。
口元を押えてふらふらと龍から身体を離すと、動きで察したのか慌てた口調で訊ねてくる。
それに小さく答えると、急いで龍が便器に寄せてくれた。
「っう、ぐ..!おえ..!」
「辛いですね..」
もう吐く物もないのに気持ちが悪くて、胃が迫り上がる感覚にえずいてしまう。
口の端からだらしなく、ポタポタと垂れる唾液を拭う気力もなかった。
そんな情けない僕の背中を落ち着くまで、龍は優しくさすり続けてくれた。
「..は..っは..」
「ベッドに戻りましょうか。」
便器に顔を突っ伏したまま浅い呼吸を繰り返すだけになった僕を、龍は軽々と横抱きして寝室へと運び入れる。
関節の痛みに背を丸めると、こんもりと掛けられた毛布越しに腰や手足をさすってくれた。
「熱は計りましたか?」
「..ううん..」
「分かりました。用意してくるので少し待っててくださいね。」
ふと思い出したように訊ねてくる龍に、小さく首を振って答える。
するとバタバタとリビングへ行き、すぐに薬箱を持って戻ってきた。
渡された体温計で僕が熱を計る間、手際よくタオルや洗面器を用意してくれている。
「38.5℃って..」
「..げほ..っごほ..」
「食欲ないかもしれないですけど、何か食べないと薬飲めないのでお粥作ってきますね。」
「..仕事から、帰って来た..ばかりで、疲れてるのに..ごめ、んね..」
体温計が鳴り手渡すと、想像より高かったのか龍は眉を顰めた。
そしてお粥を作ると言って部屋を出ていこうとする後ろ姿に、申し訳なくなってカラカラの声で謝った。
すると何とも言えないような、複雑な表情を浮かべ龍は溜め息を漏らす。
「まったく、要さんは。俺は大丈夫ですから。」
「..でも..」
「早く元気になることだけ考えて。」
「..う、ん..」
意図が汲めず問うような眼差しを向けると、龍が少し呆れたように笑った。
それでも疲れているところ看病させる罪悪感があり口ごもると、頭をくしゃりと撫でながら、少し叱るような口調で言い聞かせられた。
諦めて頷く僕を見て満足気に部屋を出ていく龍を見送り、ぼーっと天井に目を見つめる。
本当は今頃、一緒に食事でもしているはずだったのにな。
弱っているせいで、ネガティブ思考に陥ってしまう。
「出来ましたよ。起き上がれそうですか?」
「..へい、き..」
暫くしてお粥を持って戻ってきた龍に支えられながら、ゆっくりと身体を起こす。
軽い眩暈にふらつきバランスを崩すと、さりげなく肩を抱かれ楽な姿勢にしてくれた。
それに甘えて、少し凭れ掛からせてもらった。
「一口だけ頑張ってください。」
「..ん..」
頭がぼんやりとしているのもあり、恥ずかしげもなく差し出されたスプーンを素直に口に含む。
ほんのり温かい薄味のそれは、気分が悪くても美味しかった。
「どうですか?」
「..美味し、い。」
「良かったです。もう一口..は無理そうですね。」
「..ごめ、んね..」
不安そうに味付けを問われ、出来る限りの笑みを浮かべて答えた。
嬉しそうにパッと顔を明るくした龍は、スプーンをもう一度差し出そうとしたけれど、僕の顔色があんまり悪かったのか止めてしまう。
これ以上食べたらまた吐いてしまいそうで、まだ食べられるとは言えず、ただ謝ることしか出来なかった。
せっかく作ってくれたのに、残さず食べられなくて悲しくなる。
「..治っ、たら..残り、食べる..ご馳走、様..」
「はい、薬と水です。」
「..ん、ありがと..」
「熱上がってますね..」
手渡された薬を飲み込んで、程好く鍛えられた胸に顔を埋める。
けれど座っているだけでしんどくて、すぐにベッドに横になってしまった。
毛布を掛け直してくれた龍は、おでこに手を乗せ心配そうにしている。
言う通り熱が上がっているようで、先程より身体が熱くて只々苦しい。
「これ片付けて来ますね。」
「や..っりゅ..行か..ない、で..」
食器を持って部屋を出ていこうとする後ろ姿を見て、気付けば不安をぶつけるような言葉を口走っていた。
困らせるだけなのに、何故か涙が溢れて止まら
ない。
「大丈夫、何処にも行かないですよ。」
「..ひっ..く..」
一瞬驚いように目を見開いた龍は、すぐに微笑んで食器を置いた。
しっかりと握られた手の温度が気持ち良くて、不思議と不安感が薄れていく。
バファリンのような、彼の優しさが身に染みる。
気が緩んだせいか、急激な眠気に襲われ瞼を下ろした。
次に目が覚めたら、ちゃんと“ありがとう”を伝えよう。
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