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第1話

高校に入学してから一ヶ月が経ち周りが次々とグループになっていく中、あまり人付き合いが得意ではない僕は何処にも属することが出来なかった。 教室が賑やかであればある程、疎外感が募り息苦しくなっていく。 「寂し、い..な..」 皆が楽しそうに談笑する昼休みに耐えられず、一人教室を逃げるように飛び出す。 そのまま人気の少ない場所を探しているうちに、いつの間にか裏庭まで来ていた。 不意に花壇へ植え付けられた、色とりどりの花々に目が留まる。 ゆらりゆらりと花々がまるで手招きするように揺れていて、導かれるままに花壇の前に座り込む。 此処だけが僕を温かく迎え入れてくれている気がして、溜まっていたものが吐き出されるように、ポロポロと大粒の涙が溢れ落ちた。 「..水やり、かな?」 「えっ..や..あの..」 「冗談だよ。そんなに泣いて、どうしたの。俺は2年の萩原光希。君の名前は?」 「えっと..い、1年の桜田綴です..」 突然に声を掛けてきた柔らかい雰囲気を纏うその人は、僕に目線を合わせるようにして隣にしゃがみ込んだ。 そして少し垂れた淡い栗色の瞳が長い前髪で隠れた此方の顔を捉えると、僕の濡れた眼鏡をそっと外して頬を撫でるみたいに涙を拭う。 ゴツゴツした先輩の大きな手は、自分の小さくて柔いものとは違い、不思議な感覚に囚われた。 「そうだ!桜田くん園芸とか興味ある?」 「園芸、ですか..?」 「うん。実は園芸部で部長やってるんだけど、此処で逢ったのも何かの縁だし、もし良かったら入部しないかなと思って。」 「植物は好きですけど..でも..」 僅かに僕の目線が花壇の方へ移った瞬間、何か閃いたような声を上げ、にこりと無邪気に笑う。 園芸と聞いて真っ先に浮かんだのは、小学生の頃に授業で育てた朝顔だった。 成長していく過程を見るのが好きだったのを覚えている。 また育てられたら、という気持ちはあるけれど、クラスにも馴染めない僕が入部してもきっとお荷物になるだけだ。 物事を悪い方へと考えてしまう癖が、素直にやりたいと返事をすることを躊躇わせた。 「..学校生活が楽しいものになれば良いなと思ったんだけど、逆に困らせちゃったみたいだね。」 「あの、違うんです..っ邪魔になるんじゃないかって...それで..」 「そんなに難しく考えなくて大丈夫だよ。もし少しでも興味があるなら大歓迎だし、もちろん嫌だったら断ってくれて良いからね。」 「..やりたい..僕、入部したいです。」 口ごもる僕を見て、先輩は申し訳なさそうに眉を下げた。 せっかく気遣ってくれたのに、なんて顔をさせてしまったのだろう。 罪悪感が込み上げ、気付けば必死に否定の言葉を紡いでいた。 急なことに先輩は一瞬驚いた顔をしたけれど、面倒臭がる様子はまるでなく、真剣に最後まで話に耳を傾けてくれる。 その優しさにいつしか迷いは消え、ぽろりと本音が漏れた。 「ふふ、良かった。入部届けは担任の先生に言えば貰えるから、時間がある時に書いて提出しておいて?」 「わかりました。」 「これから宜しくね!」 「はい。宜しくお願いします。」 嬉しそうな先輩に釣られて、先程までの緊張感が嘘のように自然と頬が緩む。 放課後になったら、すぐに入部届けを貰って提出しよう。 もっと沢山の話がしたい、色々なことを教わってみたい、そんな気持ちで一杯だった。 「あ、そうそう!綺麗な顔してるんだから、前髪もっと短くして、その伊達メガネも外した方が良いと思うよ?」 「えっ..え..?」 「ほら、早く戻ろう!」 「は、はい..っ」 予鈴の音と共に悪戯っ子のような笑みを浮かべた先輩は、動揺する僕の手を引いて校舎へと走り出す。 素敵なことが始まりそうな予感に、トクリと胸が弾んだ。

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