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第3話
あれから三週間、朔と時間を共にすることが多くなっていた。
退屈している暇もないくらいに、頻繁に逢いに来てくれる。
取り留めのない会話さえも愉しくて、少し前とは違い最近は笑ってばかりだ。
たまに一緒に絵を描くこともあるのだけれど、朔は驚く程に下手くそだった。
恥ずかしそうに頬を赤く染める姿が可愛らしくて、たまに触れてみたくなる。
そんな他愛のない出来事が、次第に日々の支えとなっていった。
話していくうちに分かったのは、朔は二つ歳上で何度も入退院を繰り返しているということ。
何処が悪いのか聞いても、逸らかされてしまい教えてはもらえなかった。
だけど細い腕に残る注射針の跡を見れば、長い間ずっと辛い思いをしてきたのだと分かる。
それでも明るく過ごす朔を見習らって、どうして自分ばかり、と悲観するのはもう辞めた。
「今日は何を描いてたの?」
「ヒマワリ。家の近くに丘があるんだけど、この時期になると辺り一面が黄色に染まるんだ。」
「へえ、そうなんだ。綺麗なんだろうなぁ。」
ひょっこりと現れた朔は、オーバーテーブルの上に乗っている完成したばかりの絵を興味津々に覗き込む。
水彩画用紙を埋め尽くす黄色い花は、画材道具を抱えてよく行っていた丘を思い出しながら描いたものだった。
自分の中で夏の恒例行事になっていたのもあり、今年はあの向日葵を見られないのだと考えると少し寂しい。
「すぐには無理だけどさ、いつか一緒に行こうよ。案内する。」
「本当?行ってみたい!」
「じゃあ、約束な。」
「うん、約束。」
羨ましそうに絵を眺めている朔を見ていたら、連れて行ってあげたくなった。
向日葵に囲まれて無邪気にはしゃぐ姿は、きっと何よりも綺麗なのだろう。
想像するだけで、ドキドキと胸が弾む。
小指を立てて突き出すと、朔は自分の小指と絡めてニッコリと笑った。
翌日の明け方、違和感を感じて目を覚ました。
失った脚の、存在するはずのない場所が酷く痛むのだ。
ナースコールを押そうにも、上手く思考が回らず位置が特定できない。
それに加え、同室の人達は未だ夢の中だ。
ーーー誰か助けて。
「..い、た..っ..」
「え、悠馬?!」
「..ッ..さ、く..」
「すぐに先生が来てくれるからね!」
そんな時、病室の前を偶然通りすがった朔が呻き声に気付いたようで、入り口から顔を覗かせた。
手を伸ばすと慌てた様子で駆け寄ってきて、医者が来るまで背をさすり続けてくれた。
「ごめん..」
「気にしないで。」
症状が落ち着いて、担当医から説明を受けた。
あの痛みは幻肢痛と呼ばれるもので、発作的に起こるらしい。
すぐに感じなくなる人もいれば、長引く人もいるそうだ。
原因は詳しく解明されておらず、確立された治療法はない。
ただ治まるのを、じっと待つしかなかった。
「..治る、よね。」
「大丈夫、大丈夫だよ。」
得たいの知れない痛みがまた襲ってくるかもしれない、そう考えると不安に押し潰されそうになった。
けれど励ましがあったから、本当に大丈夫のように思えて。
他の誰でもない、朔の言葉だから安心することが出来たのだ。
ようやく今、その理由が何故なのかに気が付いた。
「..俺、朔が好き。」
身体を起こすと、ひとつ深い息を吸って、ぽつりと恋心を吐き出す。
驚いた顔をして目を瞬かせる姿に、恥ずかしさが込み上げ視線を俯かせた。
こんな想いを抱くのは初めてで、煩い位に高鳴る鼓動の抑え方なんて知るはずがない。
ほんの数十秒程度の沈黙さえも長く感じてしまう。
「こっち向いて。」
「..っえ..」
「僕も好きだよ、悠馬のこと。」
真剣な声に顔を上げると、朔がゆるりと首に腕を回してきた。
予想外の展開に面を食らい、ぶわっと頬を赤く火照らせ硬直してしまう。
何がどうなっているのか、理解が追い付かない。
まるで夢でも見ているような、そんな気分だった。
「..っ嬉しい..」
「ふふ、僕も。」
徐々に現状を把握していき、ぽすっと朔の薄い胸に顔を埋める。
同じように好意を抱いてくれていた事実が、こんなにも喜ばしいことなんて。
初めて味わった愛しいという感情は、温かくて優しいものだった。
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