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第5話
話したいことがあるから会えないか、そう連絡があったのは月曜日の昼過ぎのこと。
週始めのこんな時間に連絡してくるなんて珍しく、何があったのか心配になりつつも、深刻そうな声でもなかった為、十九時に行きつけの居酒屋で待ち合わせることにした。
約束をしてから自然と仕事をするペースが上がる。
早く逢いたいな、この時の俺は何も知らず暢気にそんなことを考えていた。
店内に入ると直哉は既に座っており、此方に気付くと手を振ってくる。
それに小さく手を上げ反応しながら席に近付き、俺は正面の椅子に腰掛けた。
それとほぼ同時に店員を呼び、直哉がお決まりのメニューを注文していく。
スーツ姿はいつ見ても似合っていて、いつまでも眺めていられそうだ。
彼女からのプレゼントらしい、趣味の悪いネクタイはどうにかした方が良いと思うけれど。
「お疲れ!」
「ん、お疲れ。」
ビールが来ると控えめな音で乾杯をし、冷えた液体に喉を鳴らす。
美味しそうに、嬉しそうに、呑む直哉を見るのが好きだ。
些細な仕草ひとつ、愛おしくてたまらない。
もう十年とちょっと一緒に居るのに、好きなところは増えるばかりで困ってしまう。
暫く他愛のない話に花を咲かせながら、酒を呑んだり料理をつまんだりする。
今日呼び出された理由など、すっかり忘れてしまうくらいには盛り上がっていた。
「俺、結婚することにしたんだ。」
話が一段落し、ふと会話が途切れた瞬間のこと。
タイミングを見計らっていたように、直哉が口を開く。
明るく弾んだ声は聞こえても、何を言われているのか理解できない。
いや、本当は理解したくないだけだ。
今までギリギリ保たれていた心が、粉々に砕ける音が聞こえた。
頭が真っ白になり、さーっと血の気が引いていく。
笑わなきゃ、そう思うのに頬が引き攣ってしまう。
「昨日プロポーズしたんだ。」
「..そ、うなんだ。おめでとう。」
「一番に歩夢に報告したかったから、今日会えて良かったよ。」
振り絞るように発した心にもない祝福の言葉が、どうしようもなく弱く響く。
それに全く気付かない直哉が、照れくさそうに笑う。
珍しく同じ子と長く付き合っていると感じてはいたけれど、まさか結婚するなんて考えもしなかった。
またいつものように、そのうち別れると思っていたのに。
「..ごめん、ちょっとトイレ。」
話を遮るように震える脚で立ち上がると、よろめきそうになりながら席を離れる。
店内は人が多く賑わっているはずなのに、話し声も音楽も遠く聞こえ、独りぼっちになってしまったような感覚に陥った。
だんだんと呼吸の仕方も分からなくなっていく。
「っ、ん..ッぅ..」
どうにか御手洗いに辿り着くと、便器に突っ伏して嗚咽を漏らす。
結婚、という言葉が頭の中をぐるぐると廻り息が苦しい。
早く戻らないといけないのに、涙まで溢れ出てくる。
助けて、と報われない想いに救いを求めても神様なんていない。
「あれ、顔色悪くない?呑みすぎた?」
「..そう、かも。」
「珍しいな。そろそろ帰るか。」
やっとの思いで席に戻ると、直哉が心配そうに顔を覗き込んでくる。
普段は鈍感なくせに、こういうことだけはよく気付くのだ。
本当はちっとも酔ってなんかいないけれど、それを否定できずに曖昧に頷く。
少し驚いた表情をすると店員を呼びながら直哉は立ち上がり、俺が財布を出す間もなくさっと会計を済ませてしまう。
今日は奢りな、そう言ってご機嫌に笑いながら。
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