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※想い、募る。「花盗人」より。
マライカは、ふと目を覚ました。
辺りはしん、と静まり返っている。ほんのりと月明かりが室内を照らす。視線を上げると目の前にはファリスが眠っていた。
マライカは彼と所帯を持つこと自体が夢のように感じた。――いや、実際は夢なのかもしれない。本当はまだファリスと出逢ったばかりのあの頃に見ている夢の中で、父親の積み荷もまだ奪われていない頃なのかもしれない。
だって孕むだけが取り柄の自分が、初恋の人に抱かれ、しかも子供まで授かるなんて有り得ないのだ。
マライカはとうとうしゃくりを上げて泣いてしまった。
「マライカ?」
訊ねた相手は、マライカがこの世で唯一愛したアルファ、ファリス・フラウだ。
「辛いのか?」
訊ねる声は優しく、マライカを包む力強い腕は背中を擦っている。
マライカが首を振って答えると、彼はまた、口を開いた。
「俺は子を宿す力がない、無力な人間だ。君のように新たな命を生むといった偉業を為し得ることはできない。どんなに辛いことなのかも想像することすら難しい。だが、君がいかに尊く、いかに難しいミッションを与えられているのかは知っている。だから俺ができることならなんだってするつもりだ。どうして欲しいか言ってくれ。俺たちアルファは殊更種を与えることしかできないどうしようもない奴なんだ」
ファリスが口にする言葉のことごとくがマライカを驚かせる。
マライカは、アルファがオメガの体内に種を与えることしかないなんて考えたこともなく、況してや出産という行為がどれほど尊いものなのかさえも思ったことはなかった。
自分が愛したアルファはこれほどまでに心優しい。自分を想ってくれている。慕情が込み上げてくれば込み上げるほどに、余計に泣けてくることを彼は知らない。マライカはしゃくりを上げながら力強い腕の中に潜り込む。
そして気持ちを鎮めるために息を吐くと静かに話した。
「ぼくは、貴方がどうしようもない奴だなんて思ったことなんて一度もない。ただ――」
「ただ?」
「貴方が消えてしまいそうで怖い。今までにないくらい、今がすごく幸せなんだ。だからこの幸せは夢なのかもしれないと思ってしまう。初めて貴方と会った時、酒に酔った連中に襲われそうになって、助けてくれたでしょう? すごく嬉しかったし、人を好きになるってどういうことなのかをあの時、初めて知ったんだ」
この人と恋人になって家庭をもてたなら、どんなに幸福だろうかと想像したことさえあった。
そしてそれが叶った今、これがただの夢なのかもしれないことが怖かった。
もし、今が夢ではないというのなら――……。
「抱いて。貴方が夢の中の存在じゃないとわからせて……」
マライカが想いを伝えるが、しかしファリスは静かに首を振った。
「マライカ、もう十分すぎるほど君を抱いた。あまり身体に負担をかけさせたくはない」
「オメガの出産は特殊で、番に抱かれれば抱かれるだけ、お腹の赤ちゃんの生命力が安定するんだ。それにぼくはもっと貴方を感じたい」
もしかして、もう彼は疲れたのだろうか。自分を気遣うのは口実で、情交をする気もなくなってしまったのかと心配になって彼の下肢に手を伸ばせば、彼自身は息づき、熱を持っていた。傷つけないようそっと握ると、薄い唇から呻るような声が飛び出る。
この声は嫌いじゃない。彼もまた、マライカ同様に愛し合いたくてたまらないのだ。嬉しくてマライカの口角が上がった。
「さっきの行為でぼくの中はまだ濡れているよ? 旦那様……」
薄い唇に自らの口を当てて誘惑した。マライカが四つん這いになって、潤っている後孔を広げてみせる。空気を含んだ粘膜が開く淫らな音と共に流れ出るのは、先ほどファリスが注いだばかりの白濁だ。ファリスの愛液がゆっくりとマライカの太腿を辿り、落ちる。指先を潤う襞に忍ばせて、薄暗い月明かりに照らす。彼はまた呻いた後、捧げられたマライカの腰を持ち上げるとひと息に自身を穿つ。
マライカは歓喜に満たされ嬌声を上げる。ファリスの楔はまるで肉壁を溶かしてしまいそうなほど熱い。
最奥を何度も貫かれ、水音が放たれる。
彼を受け入れると下肢が震える。お腹にいる赤ちゃんも喜んでいるように思えるのは気のせいだろうか。
抽挿を繰り替えされる度に肉壁は彼の楔の形状を作り上げ、すっぽりと包み込む。
「ファリスの、おっき……」
息をすることさえままならないほどの強烈な突き上げる力。これはマライカだけに与えられたものだ。嬉しくて声を上げれば――。
「俺を煽るな、加減ができなくなる」
苦しそうな吐息が耳孔に送られた。
手加減なんていらない。ファリスのすべてが欲しい。
その意図を伝えるために、マライカは耳元にある薄い唇にキスをする。すると彼はマライカの口内に舌を侵入させた。マライカからのものだったキスはファリスのものへと変わる。深い口づけを交わしながら抽挿を繰り返す。マライカは注ぎ込まれるファリスの白濁を一身に浴び続ける。
ふたりはこの行為の果てはないと思えるほど強く求め合い、蕩ける。
マライカは何度も愛するアルファの名を呼び続けた。
《想い、募る・完》
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