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第1話
1.
ようやく忙しい時間帯が過ぎ、俺はホッとしてカウンターに寄りかかった。
午後7時。住宅街のはずれにあるコンビニ。駅からそう遠くないこともあって、通学、通勤帰りの客で夕方はすごく忙しい。最近シフトが変ったせいで、慣れない時間帯に慣れない客の相手をするのはすごく疲れる。
「佐々間くん、お客さん切れたから、僕バックヤード行くけど、忙しくなったら呼んで?」
「あ、はい。分かりました店長」
店長はレジを離れると、バックヤードへ行ってしまった。
ここのコンビニでバイトをするようになって1年。その前は大学卒業後、ある会社で働いていた。だがそこは、俗に言うブラック企業ってやつで、俺はメンタルをぼこぼこにやられて半年で使い物にならなくなった。会社を辞めてから、しばらく家にいたけど、貯金も底をつき、いい加減閉じ籠もってるのも飽きて、家の近所のコンビニでバイトを始めたのだ。
始めた当初は、ずっと深夜帯にシフトを組んで貰っていた。深夜のコンビニに来る客なんてあんまりいないから暇だし、時給は日中よりも良かったからだ。特にメンタルやられてから、人と積極的に関わりたくなかった俺にとっては都合が良かった。
ところが1ヶ月前のある日、店長から突然「本社から時短しろって通知がきてさ」と言われ、今の午後1時から8時までのシフトに代えられてしまった。昨今、夜中まで開けていても客があまり来ないからと言う理由で、終夜営業を止め営業時間を短縮しているのだそうだ。
出来れば働くのは夜の方が良かったが、俺はここでしか働いてないから時間の融通が利くと店長に知られている分、我が儘は言えなかった。俺の後の閉店までのシフトは、予備校生が入ってるらしい。確かに昼間は予備校に通ってて、俺と違い忙しいから仕方がない。
――あ、いつものお客さんだ。
スーツをきっちり着たサラリーマン風の男性。年齢の頃は30代半ばぐらいだろうか? いつもこの時間に買い物に来る。彼に気付いたのは2週間ぐらい前だった。それまでは、慣れない忙しさに追われて、来店するお客さんをいちいち気にしてられなかったのだ。やっと慣れた頃、俺はその人が毎日同じ時間に買い物をしているのに気が付いた。7時30分ちょっと過ぎ。ちょうどお客さんのピークも過ぎて、俺も余裕が出てくる時間帯だ。だから、彼に気が付いたのかもしれない。
彼は入ってくるとまず雑誌コーナーに行き、棚をざっと眺めて、時々週刊誌を取り出すとペラペラと捲って、また元の場所に几帳面に戻す。それから奥の冷蔵庫へ向かい、ガラス扉の取っ手に手を掛けて、少しだけ考えた後、アルコール飲料を一缶だけ取り出してカゴに入れる。これは大体いつもフルーツ味のチューハイのことが多い。そこからぐるっと回って、弁当コーナーに行き、いつも同じ弁当をカゴに入れる。そして時々、それに総菜も加わる。彼は買い物を終えると、俺がいるレジに真っ直ぐやって来て、カゴをカウンターに載せ、ジャケットのポケットから黒い革の二つ折りの財布を取り出し支払いを済ませる。
「お弁当温めますか?」
「いえ、そのままで結構です」
「お箸は何膳おつけしましょうか?」
「一膳でいいです」
会話はこれだけ。彼は買い物を終えると、コンビニを出て行く。俺は彼の後ろ姿を見送りながら「ありがとうございました」と声を掛ける。
なんで彼が気になるんだろう? 俺はよく分からなかった。コンビニに来る常連のお客さんは多い。このコンビニの立地条件もあり、一見さんの通りすがりのお客よりも、常連さんの方がずっと多かった。でも、さすがに毎日来るお客さんとなると、数は限られる。
彼はそんな限られたお客さんの一人だった。
今夜も彼はやって来た。今日はグレーのスーツを着ている。入ってくると入り口脇にあるカゴを手に取り、いつもと同じように雑誌コーナーで少しだけ週刊誌を立ち読み。そして奥の冷蔵庫から缶のアルコール飲料を取り出した。多分、今日もチューハイだろう。そのまま弁当コーナーまで回り込んで、いつもの弁当を手に取る。そして迷わずカゴに入れると、俺のいるレジカウンターまで来た。
「お弁当温めますか?」
「いえ、そのままで結構です」
「お箸は一膳でいいですか?」
「はい」
さすがに毎日お弁当を一つだけ買う客に、馬鹿の一つ覚えのようにマニュアル通り「お箸は何膳おつけしますか?」と尋ねるのも何だなと思い、今日はちょっと言い方を変えてみた。彼は特に気付いた様子もなく、財布から1000円札を取り出している。その時、俺の目が彼の手元にいった。
――あれ? この人、指輪してる。
薬指にシルバーカラーのシンプルな細い指輪をしていた。
――結婚してたのか……
ふうん、と思いながら、俺はビニール袋に弁当と缶チューハイを入れ、彼に手渡した。彼は黙って受け取ると、店を出て行く。その後ろ姿に向って「ありがとうございました」と俺は今日も同じように声をかけた。
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