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第2話

2.  あの人、結婚してるのに毎日夕食がコンビニ弁当って、どんな家なんだろう? 人の家の事情なんて色々だから、俺にあれこれ思われたくないだろうけど、ちょっと気になる。いや、毎日コンビニ弁当食ってるのは俺も同じなんだけど。  だけどあの人、結婚してるのにコンビニ弁当が夕飯じゃ、ちょっと味気なくないかな? 奥さんは余程料理が嫌いな人なんだろうか? 共働きで忙しいからコンビニ弁当なのかな? それなら自分で料理すればいいのに、って自分も料理嫌いだったら仕方ないか。でもよく考えてみたら、あの人、毎日弁当1つしか買ってないよね? 家庭内別居? いや、もしかして本当に別居? 離婚の危機とか?  いやいやいやいや、他人の家庭の心配を俺がしてる場合じゃないんだよ。俺は単なるしがないコンビニのバイトくんなんだから。 「佐々間(ささま)くーん、時間だよ。あがっていいよ」  奥のバックヤードから出て来た店長が、レジカウンターに入ってくる。 「あ、はい。じゃあ、今日はこれであがります」 「お疲れさまー」 「お先、失礼しまーす」  俺はロッカールームで着替えると、コンビニを出た。  空には綺麗な三日月。毎日、毎日コンビニでバイトして、家帰ってコンビニ弁当食って、テレビ見て風呂入って寝るだけの生活。単調すぎてあくびが出そうだ。だけど、1年前に比べたら、ずっと気持ちが楽だった。  半年間の短い会社生活で思い知ったのは、理不尽な出来事に流されて、ただ打ちのめされるしかなかった自分の脆さ。それでも半年で早々に見切りを付けて辞められたのは、逆に自分の強さでもあっただろうと思う。まあ、その半年でメンタルぼろぼろになってたんだけど。 ――社会なんて、理不尽なことだらけだもんな。  俺は三日月を眺めながら、ふといつもと違う道を行ってみようかな、と思う。どうしてそう思ったのか分からないけど、きっと綺麗な三日月のせいだったのかもしれない。少しでも長く眺めていたくて。  十字路で立ち止まる。真っ直ぐ行けば、住んでるアパートへは近道だったけど、遠回りするなら、左に曲がるのが良さそうだ。俺は迷わずその道を選択した。しばらく行くと、小さな公園に突き当たった。 ――こんなところに公園があったんだな。  社会人になった時、この土地へ引っ越して来た。小さなアパートで初めての一人暮らし。大学は親元から通っていたので、なんだか急に大人になった気がした。だけど、日々の生活に追われ、メンタルはぼろぼろになるし、大人なんてなるもんじゃないな、なんて思っていたのも事実だ。 ――公園なんて、すごい久しぶり。  俺は何となしに、公園の入り口を入っていた。夜の公園は子供の姿もなく、真っ暗な中に誰も遊んでいない遊具がぼんやりと浮かび上がっていて、どこか寂しげだ。月の光に照らされた公園の中をぐるりと見回したその時、俺はその人に気が付いた。 ――あれ? あの人……  俺の視線の先に、夜のブランコに一人座って、缶チューハイを飲んでいるスーツ姿の男性がいた。いつもコンビニで買い物してくれるあの人だ。 ――何してるんだろう?  俺は遠くから彼をしばらく眺めて、そして踵を返すと公園を出た。  家に真っ直ぐ帰らずに、誰もいない夜の公園で一人で缶チューハイを飲んでいるその姿が、俺の目にはやけに物寂しく映っていた。 ――邪魔しちゃいけないよな。  誰だって一人になりたい時がある。  俺もほんの少し前までそうだったから。

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