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第3話

3.  あの三日月の晩から、俺は毎日遠回りして帰宅するようになった。  理由はよく分からない。ただ、あの人が気になって仕方なかった。あの人は雨の日以外は、俺が働くコンビニで買い物をした後、夜の公園でブランコに乗って缶チューハイを飲んでいた。そして飲み終わると、空き缶をゴミ箱に捨てて、弁当が入ったビニール袋を片手に公園を後にする。その様子をただこっそりと、物陰から見つめた。  まるでストーカーみたいだな、と俺は思ったけど、どうしても気になってしまったのだ。さすがに公園を出た彼の後を着けたりはしていない。そこまでしたら、本当にストーカーになってしまう。彼だけじゃなく、誰かに見つかって通報でもされたら大変なので、自重した。  俺が公園で彼を見かけるのはせいぜい10分ほど。彼はぼんやりと夜空を見ながら、缶チューハイをちびちび飲んで、そして気が済んだように公園を出て行く。  その姿はとても孤独だった。  今夜もまた彼は買い物に来た。いつもと同じように雑誌コーナーで少しだけ立ち読みして、缶チューハイを手に取り、そして同じ弁当をカゴに入れる。 「……お弁当温めますか?」  俺は自分で言いながら、この言葉が何の意味も持たないのを知っていた。何故なら、彼は真っ直ぐ帰宅してすぐに弁当を食べるわけじゃなく、これから公園に行って缶チューハイを飲むからだ。もし今弁当を温めたとしても、家に帰り着く頃には冷めてしまっているだろう。 「いえ、結構です」  彼はジャケットのポケットから黒い革の二つ折りの財布を出すと、1万円札を取り出した。 「……すみません、大きいのしかなくて」 「大丈夫ですよ」  俺は笑顔で万札を受け取ると、お釣りをトレイに載せて彼の前に置いた。彼は黙ってお釣りを財布に入れ、そして弁当と缶チューハイが入ったビニール袋を手に取ると店を出て行った。 「ありがとうございました」  俺は声をかけた後、カウンターに寄りかかる。 ――あの人、今夜も公園で一人きりで缶チューハイ飲んでるのかな。 「佐々間くん、時間だよ。あがっていいよ」  品出ししていた店長が、商品棚の向こうから顔を出すと声を掛けてきた。 「あ、はい。分かりました。お先に失礼します」  そして俺は突然気が付いた。 ――あ……! 箸、入れ忘れた!  いつもと違い、万札を出されたのに気を取られて、箸を入れ忘れてしまった。自宅で弁当を食べるのなら、お箸はありそうだけど……でも、毎日コンビニ弁当買ってるぐらいだから、もし家に箸や食器の類いが全然なかったとしたら? ――手で食うしかないじゃないか……!  俺は慌てて箸を一膳手に取る。そして急いでロッカールームで着替えると、あの公園へダッシュした。

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