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第4話

4. ――いた……!  俺は箸を握りしめたまま、公園に入って行く。今日もあの人は夜のブランコに座って、缶チューハイを飲んでいた。  足音に気付いた彼がこちらに顔を向けたのが分かる。微かな月の光に照らされた、彼の表情は怪訝なものだった。夜の人気のない公園に、いきなり若い男が走ってやって来たら、そりゃ怪しまれても不思議じゃないだろう。 「あ、あのっ……」 「……なんでしょうか?」  お互いの顔の表情が分かるぐらいまで近づいても、彼の態度はよそよそしいものだった。よく考えたら今の俺は私服だ。いつものコンビニの上っ張りを着てるならともかく、私服じゃあの人も俺が誰だか分かるはずがない。警戒されて当然だった。 「す、すいません。お一人で寛いでいるところ……」  俺はぜいぜいしながら、げほげほっと咳き込む。コンビニから公園まで走って来たので息が切れる。日頃の運動不足がこんなところで祟るとは。 「……さっき、お弁当にお箸つけるの忘れちゃって」  俺は握りしめていたお箸を彼に差し出した。  それを見た瞬間、彼は吹き出しておかしそうに笑い始める。 「笑って、ごめん。……まさか、お箸持って追いかけて来てくれるとは思わなかったから……きみ、あのコンビニの店員さんだったんだね」  彼の笑顔は、とても素敵だった。  俺は彼の隣のブランコに座らせて貰った。ようやく息が落ち着いてくる。 「お箸、ありがとうね」  彼はそう言って、俺から受け取った箸をビニール袋に入れた。そして不思議そうに尋ねる。 「……どうして、僕がここにいるって分かったの?」 「俺のアパート、ここからすぐなんですよ。それで、シフト終わって家に帰る途中、公園の前を通る時にあなたのことを見かけてて」 「変なおじさんが、夜の誰も居ない公園で一人でブランコ乗って缶チューハイなんか飲んでたら、目立つもんね」 「おじさんなんかじゃないですよ!」  俺は慌てて否定した。そして、余計なこと言っちゃったかなと心配になる。 「ありがとう。……でも、僕は34才だから、きみみたいな若い人から見たら、充分おじさんだろ?」 「俺、そんなに若くないですよ。コンビニでバイトしてるから、学生かと思われてるかもしれませんけど。もう24才なんで」 「そうなんだ。……でも20代なんて、まだまだ若者だよ」 「あの……俺、佐々間颯斗(ささまはやと)って言います」  俺は自己紹介した。  何で急に自己紹介したのか分からない。だけど、彼に自分を知って貰いたいと思ったのだ。缶チューハイを呷った彼は、俯いて地面を見たまま、こちらに少しだけ体を傾けた。 「きみ、佐々間くんっていうのか。僕は森本佳行(もりもとよしゆき)です。……よろしく」 ――森本佳行……さん。  毎日コンビニで弁当を買うスーツを着た男性が、自分の中でただのお客さんから、森本さん、という固有名詞を伴う特別な存在になった瞬間だった。

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