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第5話
5.
次の日。
午後7時を過ぎる頃から、俺はそわそわが止まらなくなっていた。何度も何度も店の入り口のドアに目を向ける。
前夜、お互いに自己紹介して、あのスーツ姿のお客さんが森本さんだと分かった俺は、いつも同じ弁当買ってるんですね、などと馴れ馴れしく話しかけてしまった。
「……今まで色んなコンビニのお弁当食べてみたんだけど、きみのところのあのお弁当が一番自分の口に合ったんだ」
意外にも森本さんは嫌がる素振りを見せずに、俺との会話を続けてくれた。いつもコンビニでは、必要最低限のことしか話さないから、てっきり他人とお喋りするのは好きではないのかと思っていたのだ。
自分のことを思い返すと、メンタルがぼろぼろだった頃の俺は、他人と接したり話をしたり、視線を交わすことすら苦痛だったので、もしかして森本さんもそういう感じなのかな? なんて考えていたのだ。でもどうやら、そうではないらしい。彼は口を開くと、ぽつりぽつりと語り出した。
「コンビニのお弁当も、最近は栄養バランスとかよく考えてあるよね。きみのところで買うあのお弁当、お野菜多めでいいなと思って。あと、煮物のだしが利いててすごく美味しいよ」
「そうだったんですね。……あの弁当、実は俺、食べたことないんですよ。いつも丼物とか肉系とか買っちゃうんで」
「確かに、焼き魚に煮物がメインだから、若い人にはちょっと物足りないかな」
「俺、今度食べてみます」
「美味しいから食べてみて。きみが働いてるコンビニの商品なのに、僕がお勧めするのもなんだか変だけど」
「いえ、そんなことないですよ。働いてても、試したことない商品なんて、いっぱいありますから」
会話が途切れて、二人の間に沈黙が流れる。俺は無言でいるのに耐えられなくなり、口を開いた。
「あの……森本さん、いつもここで休憩してから家に帰ってるんですか?」
「……うん、そう」
一瞬答えを躊躇したような間があってから、彼は頷いた。もしかして、答えたくなかったのだろうか? 無理矢理、言いたくないことを言わせてしまったのかもしれない。俺は突然不安になる。でも、その後の彼は特に態度の変化もなく、缶チューハイを同じペースで飲み続けていた。
「僕の家、あそこのマンションなんだ」
森本さんは左側を向いてそう言った。彼の視線の先に4階建ての建物がある。
「ここね、コンビニから僕のマンションに帰る途中にあって、休憩するのに丁度いいんだよ」
なぜ、家に直接帰らずに公園で休憩するのか、その訳が知りたかった。だけど、それは立ち入った質問になるだろう。俺はそれ以上は尋ねなかった。森本さんも、その話題を続けなかった。多分、話したくなかったんだと思う。考えてみたら、よく知らない相手にそこまで気軽に教えたりはしないだろう。
「……それじゃ、俺帰ります」
森本さんの一人の時間を邪魔するのはもう止めようと思い、俺は立ち上がった。
「お箸、わざわざ届けてくれてありがとうね」
森本さんはちらりと少しだけ俺の方を向いた後で、そう言ってくれた。
ドアが開いて、お客さんが入店してきた合図の音が店内に鳴り響く。
昨晩の出来事を回想してぼんやりしていた俺は、夢から覚めたように慌ててそちらに目を向けた。
――森本さんだ……!
彼はいつもと同じように入り口脇に置いてあるカゴを手に取ると、雑誌コーナーへ行った。今日はお目当ての雑誌は何もないらしく、ざっと見た後、奥の冷蔵庫へ向う。ガラス扉の取っ手を握りしめたまま、しばらく悩んだ後、ようやく開けると缶チューハイを1缶手に取った。そして弁当コーナーに行き、いつもの弁当を選んでカゴに入れると、レジに持ってきた。
「こんばんは、お疲れ様です」
俺はそう言いながら、弁当をビニール袋に詰める。森本さんは、お財布からお札を出しながら「昨日はありがとう」と言ってくれた。
「……あの」
俺はお釣りを渡してから、どうしようか、と迷う。途中で話すのを止めたのに気付いた俯き加減の森本さんは、怪訝な表情を浮かべた。俺は思いきって口を開いた。
「今夜も、行かれるんですか?」
「……どこに? ……ああ、公園?」
一瞬何のことを言ってるんだろう? という顔をした後、すぐに質問の意味を理解して、答えてくれる。俺は森本さんがそう答えなくても、あの公園に彼は今夜も行くだろうと分かっていた。だけど、聞かずにはいられなかったのだ。
「うん、行くよ」
彼は目を伏せて、小さな声でそう答えた。
「もうすぐシフト終わるんですけど……ご一緒してもいいですか?」
「……」
森本さんは答えなかった。俯いた彼はまるで凍りついてしまったかのような、強張った顔をしていた。
「あっ、す、すいません。余計なこと言いました。嫌ですよね、俺がいたらゆっくり出来ないし……」
「いいよ。……あのブランコのところで待ってる」
ゆっくりと視線を少しだけ上げた彼は、静かに言うと、ビニール袋を持って店を出て行った。
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