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第6話

6.  俺はものすごく後悔していた。 ――やっぱり余計なこと言っちゃったかな……  俯いた森本さんの強張った表情が、ちらちらと目の前に浮かぶ。 ――何となく大丈夫かなって思ったんだけどな。  前夜の感触では、森本さんは俺と会話するのが嫌ではなさそうだった。だから、また会って話してくれるかな、と気楽に考えていたのだ。 ――まさかあんな表情されるなんて、思わなかった。  でも彼は嫌とは言わなかった。ブランコのところで待ってる、と言ってくれた。  俺は一瞬行くのを止めようかとも思ったが、どうしても森本さんに会いたくて、十字路を左に曲がった。  公園まで行くと、いつものように森本さんはブランコに座って缶チューハイを飲んでいた。どことなく寂しくて悲しそうな顔。  そうだった。……俺は思い出す。コンビニで買い物する彼を気に留めるようになって、最初に思い浮かんだ印象がこれだった。だから、俺は彼が気になって仕方なかったんだ、とようやく自覚する。  あの人は寂しいのかもしれない。……一人だから。 ――じゃあ、あの指輪は一体なに?  左手の薬指に嵌められた指輪。結婚の証として嵌められた物なのは間違いない。愛する人と結ばれて、幸せな筈なのに。それなのに、何であんな悲しそうな顔で、夜の公園のブランコに一人揺られているのだろう?  俺は理由を知りたかった。 「……こんばんは」  嫌がられたらすぐに帰ろう。そう決めて、俺はブランコに近づくと森本さんに声を掛ける。彼は視線を少しだけ上げて、こちらを無表情のままちらりと見る。 「仕事、お疲れさま」 「ありがとうございます。……あの、隣に座ってもいいですか?」 「どうぞ」  俺は森本さんの隣のブランコに腰掛けた。座ったはいいが、尻がもぞもぞとして落ち着かない。何を話したら良いんだろう? 「……どうして僕に会いたいって思ったの?」  森本さんは俺の方を見ずに、遠くへ視線を向けて尋ねた。 「いつも、コンビニで買い物してるのを見て、森本さんと話してみたいって思ってたんです」 「こんなおじさんと話しても面白くないよ?」 「おじさんじゃないですよ、森本さんは」 「そうかな。きみとは10才も違うんだよ? きみが興味を持つような話なんて、何も出来ないと思うけどな」 「そんなことないです。……あの、迷惑でしたか?」 「いや。迷惑じゃないよ」  じゃあ、どうしてあんな表情をしたんですか? と聞こうとしたけど、止めた。俺は正面を向いて、小さく深呼吸して、そして話し出す。 「俺、コンビニでバイトする前、ちゃんと会社に就職して働いてたんです」 「そうだったんだ」  あんまり興味なさそうに森本さんは答えた。俺は、そんな態度を気にしないようにして、話しを続けた。 「だけどその会社、世間でよく言うブラック企業ってやつで……メンタルやられちゃって、それが原因で半年で辞めたんです。その後はしばらく引きこもってました」  森本さんは黙って缶チューハイを飲んでいた。 「引きこもってる間に貯金も尽きちゃって、でも田舎に帰る決心もつかなくて、それであのコンビニでバイト始めたんです」 「……今は幸せ?」  森本さんは一言だけ、そう尋ねた。 「……幸せかどうかはよく分かりません。でも、気持ちは楽になりました」 「そう、それなら良かった」  俺は森本さんを見る。チューハイの缶を握る森本さんの左手。月の光を反射して、指輪がきらきらと光っていた。その光が眩しくて、胸が痛かった。

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