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第16話
16.
あれから半年。
俺はコンビニのバイトを辞め、ある小さな会社で働くことになった。小さいけど、社長を始め社員の人達もみんなすごくいい人ばかりで、とても働きやすそうな会社だ。
実は、この会社を紹介してくれたのは、森本さんだった。
俺がいつまでもバイト生活じゃいけないから、と就職活動を始める話をしたら、知り合いの会社だけど受けてみる? と話を持ってきてくれたのだ。俺は一も二もなく承諾して、面接を受けた。社長さんも面接してくれた社員さんも、俺を気に入ってくれて、即採用だった。もしかしたら、森本さんが口添えしてくれたんじゃないかと思って、そう尋ねたら、怖い顔をして「そんなこと、僕がすると思う? 全部きみの実力だよ」と答えてくれた。
そして、今日は初出勤だ。
「……ネクタイ曲がってるよ。結び目もちょっと歪んでる」
「あ……すいません。ネクタイなんてするの、すごく久しぶりだから」
森本さんは器用な手つきで、手早く直してくれる。
「今日は初出勤だね。頑張って」
「はい」
「今夜は歓迎会だよね? 食事はいらないかな」
「そうですね。少し遅くなるかもしれないんで、先に寝ていて下さい」
「うん、そうさせて貰う。……佐々間くん」
「なんでしょう?」
「今週末、就職のお祝いにどこかに食事に行こう?」
「……はい」
そして俺は森本さんを抱き締めて、甘い甘いキスを交わす。
「……遅刻するよ?」
「大丈夫です。……もう一回だけ」
「意外ときみって甘えん坊だよね?」
くすっと森本さんは小さく笑うと、もう一度キスを交わしてくれる。
俺たちはもうあの夜の公園で、ブランコに座って缶チューハイを飲むことはない。だけど、毎晩二人でテーブルを挟んで向き合って座り、コーヒーや紅茶や缶ビールなんかを飲みながら、その日あったことを色々話し合う。それが俺たちの新しい習慣になった。
リヴィングルームの本棚の上には、笑顔の森本さんとあの人の写真が今も飾られている。森本さんはしまっておくよ、と言ってくれたけど、俺が飾ったままでいい、と言った。あの人を好きだった過去の森本さんも、また森本さんの一部だからだ。もしも、森本さんがあの人を偲 んで、夜の公園のブランコで一人缶チューハイを飲んでいなかったら、俺は今こうして彼と一緒にいることはなかっただろう。
それを思うと、もしかしたらあの人が、俺と森本さんを巡り合わせてくれたのかもしれない、と思ったりもする。
そして森本さんとあの人の写真の隣には、俺と森本さんで写した、二人の写真も飾られている。俺はこれからもっと二人でたくさん写真を撮って、ここに並べるつもりだ。
森本さんは、もう薬指にあの銀色の指輪を嵌めていない。
『一区切りついたから、もう必要ないんだ』
そう言って、小さな紺色の箱に指輪を入れて引き出しの奥にしまった。
夜のブランコに座る彼の指に光る指輪を見て、胸を痛めたのを今も昨日のことのように思い出す。
「それじゃ、行って来ます」
「いってらっしゃい。気を付けて」
――今度は、俺が森本さんに新しい指輪をプレゼントしよう。
森本さんに明るく送り出されて、俺は清々しい気持ちで一歩を踏み出しながら、そう心の中で決めていた。
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