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第1話

1.  社員旅行なんてものは、とうの昔に絶滅した過去の遺物だと思っている人も多いだろう。だがしかし、俺の会社では今も存在している上に、なんと、社員には人気のイベントだったりする。  俺が勤務している会社は、業界では中堅企業で手堅く商売していることで知られている。3年前に入社した俺は、ようやく仕事にも慣れ、今や若手営業社員の一人として、日々充実した社会人ライフを送っている。  そんな俺の会社では毎年秋になると社員旅行に行くのだが、一度に全員は無理なので、社員を半分に分けて、AチームBチームと言う具合に1年ごとにローテーションを組んで行っている。もちろん希望者のみだ。昨今、業務命令だからと無理強いするのは、よろしくない。そういう風潮は、若い社員には特に受け入れられない。だからこそ、柔軟に対応しなくてはならないのだ。しかし、予想に反してこのイベントは社員にも人気が高かった。何故なら、この社員旅行は社員研修という名目で行われており、平日の勤務時間内に旅行に行けてしまうからだった。もちろん有給が消化されるとか、そんなケチくさいことは言わない。会社の経費で旅行に行ける上に、給料まで貰えてしまうのだ。しかも、研修という名目だが、実際には社長や専務の話を宴会場で夕食食べながらちょこっと聞くぐらいで、あとは自由という、何それ? ただの旅行じゃん、というものだったのだ。  そして、この社員旅行の醍醐味は、他にもあった。  それは……これを機会に他部署の社員と出会えて仲良くなれる切っ掛けを得られる、ということだった。特に若い社員の中には、それだけを目的に旅行に参加する人間も少なくない。毎年この旅行の後、カップルが何組も生まれ、そしてめでたくゴールインしていった。  かくいう俺も、今年こそは絶対に彼女を作ってやる! と意気込んで、この旅行に参加したのだった。 「後藤くん、飲んでる?」  営業部の先輩の田中さんが、俺のコップにビールを注いでくれた。 「あ、すいません。気が利かなくて」 「いいんだよ、今日はそういうの。みんなが楽しく過ごせれば、それでいいんだから」  田中さんは、すごく気さくな人だ。俺が3年前新人で彼の下に配属されてから、ずっと一緒に仕事をしている。 「後藤くん、社員旅行初めてだろ?」 「そうなんですよ。最初の年は参加してないんです。風邪ひいて寝込んじゃって……」  俺は3年前の新人時代を思い出していた。田中さんから、散々この会社の社員旅行は他とちょっと違っていて、とっても楽しいイベントだから参加した方がいいよ、と聞かされていたので、行くのをすごく楽しみにしていたのに、直前に風邪をひいたせいで行けなくなってしまったのだ。次の年はローテーションでBチームが旅行だったので、俺は結局勤務3年目にして、ようやく初めて念願の社員旅行に参加出来たのだった。 「……誰か、気になってる子いるの?」  田中さんは声を潜めて聞いてきた。  旅行中の最大の目的である、彼女をゲットするという大事なミッションがこれから始まろうとしていた。 「……秘書室の黒川さん……いいですよね」  俺の言葉を聞いて、田中さんは渋い顔をする。 「黒川さん、もうすでに彼氏いるって噂だぞ?」 「え?! 本当ですか?」 「あれだけの美人だぞ? いない方がおかしくないか?」 「それもそうですよね……」  俺の視線は宴会場に並べられているテーブルの斜めを横切り、華やかな笑い声に包まれている辺りに向けられた。そこには社内の花、秘書室チームが座っている。黒川さんは去年入社した、長い黒髪とぱっちりとした目が可愛らしい女性だった。 「そういう、田中さんこそ誰か狙ってる人いるんですか?」 「俺は経理の水野さんがいいんだよなあ」 「あ、水野さん最近彼と別れたらしいって聞きましたよ」 「だろ? 俺もそれ聞いて気になっちゃったんだよ……」  田中さんは隣のテーブルに座っている、ショートカットの大人っぽい水野さんをじっと熱い眼差しで見つめている。 「この旅行で、何とか知り合いになれたらいいんだけど。せめて連絡先ぐらい交換したいよなあ」 「ですよね……」 「お互い、頑張ろう」  俺と田中さんは、はぁ……と頼りない溜息をつき、お互いビールで乾杯した。

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