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第2話

2. ――ふぅ……ちょっと飲み過ぎた。  俺はトイレに立ったついでに、酔いを醒まそうと旅館の中庭に出てみた。この時期、日中はまだ陽射しがきつくて暑く感じるが、さすがに夜は冷える。 ――何も羽織ってこなかったからな……浴衣一枚じゃ、ちょっと寒かったな。  縁台に腰掛けて、夜風に当たりながら空を見上げる。 ――これぐらい田舎に来ると、星がいっぱい見えるんだな。  普段東京の狭い空を見慣れている身からしてみると、田舎の空はとても広く、そして星がまるで降ってくるかのように近くに見えた。 「……綺麗ですね」 「うおっ」  突然話しかけられ、俺は驚いて腰を浮かせる。中庭には誰もおらず、自分一人だけだと油断していた。 「すいません、驚かせちゃって」  縁台の側に若い男が立っていた。 「あれ? 後藤くん?」 「……きみ誰だっけ?」 「ひどいな。僕、同期の橋本だけど」 「……橋本?」 ――いたっけ? そんなヤツ……  同期だという橋本は、俺の隣に断りもせずに図々しく座ってきた。 「僕、影が薄いから、きっと後藤くんは僕の存在に気付いてなかったよね?」 ――はい、その通りです。 「後藤くんは、入社当時からすごく目立ってたよね、僕と違って」 「そ、そうかな?」 「そうだよ。会社でも一番人気の営業部に配属されてさ、同期の中でも出世頭って呼ばれてすごく人気者だもん」 「……橋本ってどこの部?」 「僕は経理部だよ。影が薄い上に経理なんて、余計に目立たないよね」  橋本は、あははは、と気が抜けたような笑い声をあげた。  少し長めの天然パーマ風のふわっとした髪と、猫背気味の華奢な体。……そして、確かに彼が言う通り、どことなく影が薄い。影が薄いと言うよりも、印象が薄いというべきなのかもしれない。 「後藤くん、新人の時の最初の旅行来てなかったよね?」 「ああ、うん。風邪ひいて来られなかったんだ。よく知ってるな」 「だって同期だもん。それぐらい気付くよ」  俺は橋本の言葉に罪悪感を覚えていた。彼は俺をちゃんと認識してくれていたのに、俺は彼の存在にすら気付いてなかったからだ。ちなみに同期は確か10人ほどいた。すでに2人辞めているから、多分残りは8人ぐらいのはずだ。その全員の名前と顔を覚えているか、と言われたら、何となく覚えているけど、ちゃんと答えられる自信はない。 「こんなところで、一人で何してたの?」 「ちょっと酔いを醒まそうかと思って」 「そっか。後藤くんみたいな人気者が、独りぼっちなわけないよね」 「……それ、どういう意味?」 「いつも一人の僕と同じだなんて、思っちゃいけないよねってこと」  橋本はこちらを向いて苦笑した。 ――あ、こいつ意外と可愛い顔してんな。  印象が薄いから、てっきり地味な顔立ちしてるのかと思ってたら、案外目元がぱっちりとしてアイドルみたいな顔をしていた。  こんな可愛い顔してるのに、全然目立たないっていうのは、多分全体から醸し出す薄い印象と大人しい感じと猫背で華奢な体つきのせいなんだろうなと思う。 ――よく見ると、目元がちょっと黒川さんに似てるよな。……いや、下手すると彼女よりも可愛くないか?  橋本は「なに?」という表情で俺の方をじっと見ている。 ――おいおいおい、ちょっと待て、こいつは男だぞ? 俺、何考えてるんだ……悪酔いし過ぎだろ? 「あー、いや、なんでもない。ちょっと酒が回ってるのかな……」 「じゃあさ、酔い醒ましに卓球でもしない?」 「卓球?」 「うん。……温泉宿と言えば、卓球じゃないか」  橋本はにこにこしながらそう言った。 ――あ、やべえ、ほんとこいつ可愛いかも……  俺はなんだかよく分からない感情が湧き上がってくるのを感じて、妙な危機感を覚えていた。

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