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第3話
3.
白い小さなボールが、物凄いスピードで目の前を通り過ぎていく。ラケットを握りしめる手がすでに汗でびちょびちょで気持ち悪い。それにしても、俺はなんでこんな必死にボールを追いかけて、ぜーぜーはーはーしてるんだ?
「……悪い、ちょっと待って」
俺は咳き込みながら、肩で息をしてその場にしゃがみ込んだ。
「後藤くん、運動不足なんじゃないの?」
「……そうかも」
橋本に誘われて、温泉宿と言えばの卓球を始めたのは良かったのだが、まさかこんなことになるとは。
ゲームを始める前、運動が苦手そうな橋本を見て、俺はからかい半分「勝った方が負けた方の言うこと何でも聞くってのどう?」なんて言ってしまった。橋本はもじもじして「そんなこと言って、僕からお金巻き上げようとか思わないでよ?」なんて言うから、マジでこいつには絶対楽勝! とか思ってたのに。
――なんで、こんな展開になってるんだ!?
「後藤くん、休憩終わりだよ。続きしないと」
スコアは14-3。15点先取した方が勝ちとルールを決めていた。14点取ってるのは、もちろん俺……じゃなくて、橋本だ。
「お、おう」
俺はぜーはーしながら、橋本が打った球を打ち返す。その球を、橋本は鋭い動きで瞬時に打ち返してきた。
――あいつ、絶対素人じゃねぇ!
俺の振ったラケットにピンポンボールはかすりもせず、床に落ちてカーン、カーンといい音を響かせ転がっていった。
「やった! 僕の勝ち!」
橋本は満面の笑顔で俺を見ている。
――可愛い顔して、あいつ容赦ねえな……
「……俺の負けだよ。おまえ、めちゃくちゃ卓球上手いな」
「僕、中高と卓球部だったんだ」
「はあ!? それ先に言えよ! ずるいだろ?」
「後藤くん、何も聞かなかったじゃないか」
「いや……それは、そうなんだけどさ……」
「敗者は勝者の言うこと何でも聞くんだよね?」
「あー、そうだったっけ……」
「そうだよ。後藤くん、僕の言うこと聞いてくれる?」
橋本は俺の顔を覗き込むとそう言った。
――か、顔が近いよ!
俺の心臓がどきん、と大きく波打つ。目の前の超至近距離には、ほんのり色づいている頬、少し伏せられた目を象る長い睫、そしてはだけた浴衣から覗く、火照った白い肌……
「な、何だ? おまえの言うことって……俺から金巻き上げようとか、そういうのはナシな!」
俺は大慌てで言うと、顔を逸らす。なんだか、妙に色っぽいんだよ、こいつは! 男のくせに……
「……ふ」
橋本は俺の浴衣の袖を引っ張ると、俺の顔に向けて唇を突き出してきた。
――な、な、な、なに?! キスしろとか、そういうの?!
「……フルーツ牛乳買って」
「……はあ?」
「フルーツ牛乳だよ。ほら、そこに売ってる」
橋本が指差した先に自動販売機が置いてあり、牛乳とコーヒー牛乳とフルーツ牛乳が売っていた。
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