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第4話
4.
俺は、自動販売機に小銭を入れながら、思いがけない事の成り行きに混乱しまくっていた。
――俺、絶対なんかおかしい……夕食で食った飯に何か入ってたんじゃねえの?
どうして橋本にこんなにドキドキさせられるのか、意味が分からなかった。そもそも、俺はこの社員旅行で彼女をゲットする! って意気込んでたんじゃないのかよ!? それなのに、どうして男にドキドキしてるんだ?!
「後藤くーん、フルーツ牛乳買ってくれた?」
俺の後ろに立っていた橋本が、暢気な声で聞いてきた。
「あ、ごめん」
俺はしゃがみ込んで、自販機からフルーツ牛乳を取り出すと、橋本に手渡した。
「後藤くんは飲まないの?」
「ああ、俺? そうだな、久々にコーヒー牛乳でも飲むかな」
小銭を入れてボタンを押した瞬間「ねえ、後藤くん」と耳元で声をかけられて、ぞくっとする。
「うぉっ、な、なんだよ?」
「もう一つお願い聞いてよ」
「お願いは一つだけだろ?」
「もう一つだけでいいから」
「どんなお願いだよ。それによっては聞いてやってもいいぞ?」
「やった! ……そこに座って、一緒に飲んで欲しいんだ」
橋本は廊下の先を指差した。卓球台が置いてある場所は、旅館の中でも少し奥まった場所にあり、そこから伸びる離れの座敷へ続く廊下の縁側は、人気がなく静かだった。
――なんだ、可愛いお願いだな。それぐらいだったら、まあいいか。
俺たちは縁側に仲良く並んで座り、それぞれフルーツ牛乳とコーヒー牛乳を飲んだ。久しぶりのコーヒー牛乳は、懐かしい味がして子供時代を思い起こさせてくれる。
「……お願い聞いてくれてありがとう」
「どうしたしまして」
橋本は足をぶらぶらさせながら、空を見上げた。
「さっき後藤くん、庭で何見てたの?」
「ん?」
「一人で縁台に座って何か見てたよね?」
「空を見てたんだ。……東京じゃ、こんなに星がいっぱい見えないなと思ってさ」
俺はそう言って夜空を見上げた。満天の星空が頭上に広がっている。本来、こういうロマンティックなシチュエーションって、恋人同士とかで味わうもんなんじゃないのか?
「なんだか、すごくロマンティックだよね」
心なしか、橋本が体を寄せてきたような気がする。俺の肩にあいつの体温が伝わってきた。
「……そ、そうだな」
俺は声がちょっと上ずってしまって慌てる。何をそんなに意識してるんだ、って思われたらどうしよう。
「……後藤くんさ」
――だっ、だから……おまえ、距離がっ、近いんだってば!
橋本はめちゃくちゃ近くに顔を寄せてきた。あいつの唇に俺の目が行く。薄紅色をした形の良い唇だった。それがゆっくりと開かれて、そしてこう言った。
「旅行楽しんでる?」
「は……はい」
「……どうかした?」
「いっ、いや……何でもない。おっ、おまえこそ、旅行楽しんでるのかよ?」
「うん、すっごく楽しい」
橋本は弾んだ声でそう答えた。
――やべえ……まじで、可愛いってば。
「あっ、あのさ……」
俺の心臓は今や破裂しそうなほど、激しく動悸を打っていた。
「橋本は、この旅行で仲良くなりたい女の子とか、いないの?」
「後藤くんは……いるの?」
心なしか、少しあいつのテンションが下がったような気がした。
「おっ、俺? え、えーと、秘書室の黒川さん……とか、かなあ……」
「黒川さんかあ。……そうだよね、あの人すっごく可愛らしいもんね」
橋本は俺から体をすっと離すと、フルーツ牛乳を一口飲んだ。
「おまえはどうなんだよ?」
「僕? そうだな……」
橋本は一呼吸置いて、こう答えた。
「秘密」
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