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第5話
5.
俺たちはそれぞれ飲み終わると、縁側から立ち上がり、宴会場へ戻った。戻る道すがら、橋本は俯いて黙ったままだった。その暗い雰囲気に飲まれるみたいに、俺もあいつに何も話しかけられなくなってしまった。
――俺、何か悪いこと言っちゃったかな。
どことなく落ち込んだような様子の橋本が、俺は気になっていた。
宴会場に入る直前、橋本は顔を上げて「フルーツ牛乳、美味しかったよ。ありがとう」と言った。
「うん……」
俺はその瞬間、障子の桟に掛けていた橋本の手を握っていた。
「あのさ……」
「……なに?」
驚いた顔で、橋本は俺を見つめている。
「もうちょっと、酔い醒ますの付き合って」
「もう醒めたんじゃないの?」
「まだ、酒回ってる……」
嘘だった。橋本が言うように、もうとっくに酔いなんて醒めていた。だけど、何故だか分からないけど、もう少しだけ橋本と二人の時間を過ごしたい、と思ったのだ。
「……いいよ。もう少し付き合ってあげる」
俺たちは、宴会場の障子を開けずに、そのまま反対側の廊下を歩いて行った。
「……どこ行くの?」
「……俺の部屋」
橋本は俺に手を繋がれて、大人しく後を付いてくる。俺は、自分の部屋にあいつを連れて戻った。部屋は真っ暗で誰もいない。ここは営業部の男性社員6人で使っていた。みんな今頃、宴会場で酔っ払って良い気分になっているのに違いない。
「後藤くん」
部屋に入ると、橋本が不安そうに声をかけてきた。
「入んなよ。冷蔵庫に買ってきたビールが入れてあるんだ」
「うん」
橋本はスリッパを脱いで、部屋に上がってきた。部屋の中には、すでに宿の人が布団を6組敷いてくれている。その奥に中庭に面した小部屋があり、2客の椅子と小卓が置いてあった。俺は冷蔵庫から缶ビールを2缶取り出して、そこに橋本と二人で座る。
「良かったの? 宴会場戻らなくて」
橋本は遠慮がちに尋ねてくる。
「橋本こそ、戻らなくて良かったのか?」
「僕はいいんだ。どうせ、いてもいなくても誰も気付かないから」
俺が手渡した缶ビールのプルタブを開けながら、橋本は自嘲気味に答えた。
「それより、後藤くんは戻った方が良かったんじゃないの? これからが本番だったのに」
橋本が言う本番、というのは、この社員旅行でみんなが楽しみにしている時間帯のことだった。夕食を終え、みんな程良く酔いが回ってきた頃、自由に席を立って社員同士の交流が始まる。意中の人がいる社員たちは、この時を待ってましたとばかりに、その人の隣目指して民族大移動を始めるというわけだ。
「……後藤くん、黒川さんと仲良くなりたかったんじゃないの?」
「いいんだ、別に」
俺は缶ビールを一口飲むと、あっけらかんとした口調で答える。橋本はびっくりしたように目を見開いて俺を見ていた。
「なんで? だって、それが目的で旅行に来たんじゃないの?」
「まあね……最初はそう思ってたんだけど。でも田中さんから、黒川さんは彼氏いるって聞いたし……別にもういいかなって」
「そ、そうなんだ……」
「橋本こそ、誰か気になる人がいたんだろ? ……さっきは教えてくれなかったけど」
「うん」
橋本は黙って俯いてしまった。明かりを点けていない真っ暗な部屋。俺たちがいる庭に面した小部屋は、ガラス窓を通して充分な月明かりが差し込んでいる。その月明かりに照らされた橋本の頬は、かすかに赤らんでいた。
「……まだ秘密なのか?」
俺の問いに、橋本は顔を上げた。
「言ったら、きっと嫌われるから」
橋本は悲しそうな表情でそう答えた。
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