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第9話
9.
満天の星空の下、俺と橋本は二人で顔を見合わせて笑っていた。
「……まさか、急に帰って来ると思ってなかったから焦ったな」
「本当、ビックリしたね。……もう、宴会終わったのかな?」
「おまえに口でして貰ってる最中じゃなくて良かったよ」
「あはは、それ言えてる」
俺は橋本の手を握ったまま、少し歩いてから池が見える縁側に腰を下ろした。
「考えてみたら、後藤くんは逃げる必要なかったんじゃないの? 自分の部屋なんだから」
「そっか……そう言われてみると、そうだよな」
俺は苦笑した。橋本の言う通りだ。まあ、後で部屋に知らん顔して戻ったところで、みんなへべれけに酔っ払ってるはずだから、俺がその場にいたかいないかなんて、誰も気にしてないと思うけど。
「……後藤くん、ありがとうね」
俺の隣に座った俯き加減の橋本は、小さな声でそう言った。
「ん? 何が?」
「僕、最初からダメだと思って諦めてたから」
「俺も意外だったな。……まさか同期の、しかも男とこんな関係になるなんて」
「本当に良かったの?」
「今更、良いも悪いもないだろ? もうあんなことまでしちゃったのに」
「でも後藤くん、黒川さんみたいな女性がタイプなんだろう?」
「おまえの目元、ちょっとだけ黒川さんに似てるんだよ」
「え? そうなの?」
橋本は自分の目元に手を当てた。
「だけど、おまえの方が黒川さんよりも、俺のタイプなんだよな」
「……後藤くん」
「東京に帰ったらさ、ちゃんとデートしような」
「うん」
「どこ行きたい?」
「そうだな……どこでもいい。後藤くんが行きたいところなら」
「おまえ、俺に振るなよ。この次聞くまでの間に、ちゃんと考えておけよ?」
「そうする。……ねえ」
「なんだ?」
「せっかく、温泉宿に来てるんだし、このままお風呂に入りに行かない?」
「……そうだな。そうするか。さっき卓球やって汗かいちゃったしな」
「また卓球もやろうよ!」
「いや、そっちは遠慮しとくわ……」
橋本は、あははは、と楽しそうに笑うと、俺の手をぎゅっと握りしめて、肩に体を預けてきた。俺の初めての社員旅行。当初の予想とは全然違う結果になったけど、でも、俺と橋本にとっては最高の旅行になったのは間違いない。
今回の旅行で一体何組のカップルが社内に生まれたのかは知らないけど、みんな幸せになるといいな、と俺は星空を見上げながらそう思っていた。
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