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第8話
8.
――おかしいな? なんでこんなことしてるんだろう、俺。
俺は椅子にだらしなく体を預けて座り、橋本はその上に屈み込んで俺の息子を口に入れて作業中だ。
「はっ……橋本っ、俺もう出るからっ、口離せってば……」
「ダメ、もうちょっと頑張ってよ」
橋本のテクが良すぎて、俺はめくるめく禁断の世界に足を思いっきり踏み入れてしまっていた。今まで付き合ってきた女の子だって、口でしてくれたことなかったのに、いきなりの初体験が社員旅行の温泉宿、しかも男にしてもらってるとか、何が一体起こってるんだ? 俺の頭の中はもうすでに混乱しまくってる上に、気持ち良すぎて何も考えられなかった。それにしても、何でこんなまさかの展開になってしまったんだろう?
――さっきまでは、俺もうちょっと格好良くなかったか?!
今やすっかり橋本に手玉に取られて、やりたい放題されまくりだ。
「橋本っ……ああっ……いいっ、いく」
俺は体を震わせた。久々の感覚に、満ち足りた気分で天井を見上げてぼんやりとする。
――あー……気持ち良かった……って、おい、ちょっと待て……!
俺は突然賢者タイムから引き戻されて、現実世界に帰って来た。
「……おまえ、口……大丈夫かよ?」
橋本は顔を上げると、手で口元を拭いながら、にこっと笑った。
「平気……ちょっと苦いけど」
「ビ、ビール飲めよ! ほら、早く!」
俺は小卓からさっきまで飲んでいた缶ビールを取り上げて、橋本に手渡す。
「ありがとう」
橋本は美味しそうに、こくんこくんとビールを飲み干した。
「後藤くん、優しいね」
俺はそんな橋本の言い方に、キュンとしてしまった。
――何だよ、おまえ可愛すぎるだろ?
「ほら、こっち来いよ」
橋本の手を掴んで、俺は自分の膝の上に彼を座らせる。華奢なあいつは、すごく軽かった。
「おまえ……他の男にもこういうのしてんの?」
俺は何となく気になって聞いてみる。あいつのテクが上手すぎるので、他でもこういうのしてるのかな、と疑問に思ったのだ。もしもしてたとしても、俺の知ったことではないだろう、とは分かっていたけど。でも聞かずにはいられなかった。もしかして、これって嫉妬ってやつなんだろうか?
「……してないよ。初めて」
「初めて!? まじで?」
恥ずかしそうに答えた橋本は、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
――ちょっと待てよ、ここが恥ずかしがるポイントなのか?! あんなことは恥ずかしげもなく大胆にやってくれたくせに!?
「本当に初めてだよ。……そういう動画とか見て覚えたんだ」
「それって……もしかして……」
「後藤くんにやってあげたかったから」
――だから、おまえはー! なんで、そういうことをさらっと言っちゃうんだ!
「橋本、可愛いが過ぎないか?」
「そんなことないと思うけど」
「……おまえさ、いつから俺のこと好きだったんだ?」
「入社式の日に見かけてからずっと片思いしてた」
「3年も!?」
「そうだよ」
「……俺のどこがそんなに良かったんだ?」
「……後藤くんはすごく目立ってて、格好良かったから」
「そ、そっかな?」
「チャンスだと思ったんだ」
「なにが?」
「今回の旅行。新入社員の年の旅行で、仲良くなれるかなって思ってたのに、後藤くん来なかっただろう?」
――あ……だから、橋本は俺がいなかったって、気付いてたのか。
「後藤くんと仲良くなれる機会なんて、普段は全然ないから……だから、この旅行でチャンスがなかったら、もう諦めようと思ってたんだ」
「そうだったのか。じゃあ、さっき庭で会ったのも偶然じゃなくて……」
「偶然じゃないよ。僕、ずっと宴会場で後藤くんを見てたんだ。機会があったら、話しかけようって思って。そしたら、一人で席を立ったから、後を付けたんだよ」
「橋本って、実はすごい策略家なんだな」
「……引いた?」
「いや、全然。それより、健気なんじゃね? って思ったけど」
「良かった。引かれなくて」
俺はあいつを抱き締めた。そしてもう一度キスする。今度は口の中に舌を入れて絡ませる深いキス。
「あっ……ふうっ……」
橋本は俺の舌の動きに必死に応えようとする。それがまた何だか可愛くて、ぎゅうっと力を入れて抱き締める。
と、その時、突然がやがやと声がして、部屋の入り口の襖が開かれる気配がした。
――やばい! 帰って来た!
俺は急いで椅子から立ち上がる。そして、庭に通じるガラスの引き戸を開けて、橋本の手を引っ張ると、置かれていたサンダルを突っかけ、慌てて部屋を逃げ出した。
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