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第1話

1.  足が小刻みに震えているのが分かる。目の前には大勢のお客さん。手の平にもびっしょりと汗をかいている。目線に持ち上げたメモ紙に書いてある筈の文字がよく読めない。 ――なんで、こんなことを俺が…… 「それでは、新郎の友人を代表して、菊池晴久さまからお祝いのお言葉を頂戴したいと思います。菊池さま、よろしくお願いします」  司会の女性の軽やかな声と共に、照明が当てられて、お客さんたちの視線が一斉に集まったのを感じた。 ――くそっ、もうどうとでもなれ! 「新郎の西内健司くんとは、大学時代からの友人で……」  西内に出会ったのは、大学に入学して最初の講義の時だった。隣に座ったのがあいつだったんだ。入学したてて、みんな誰も親しい友達なんてまだいない時期だったから、何となくお互い会話を始めて、講義が終わる頃には友人同士になっていた。たまたま周りに座ってた数人と一緒に、そのまま学食に行って、その日のうちに仲が良いグループが出来上がっていた。  その中でも西内とは何となく気が合って、グループを離れて二人きりで会う機会も多かった。大学構内だけじゃなく、一緒に外出することも多かったし、お互いの家に泊まりに行ったりもしていた。あんまりにも仲が良いもんだから、グループの友人たちから「お前ら仲良し過ぎだろ?」とか「付き合ってんじゃねーの?」なんて揶揄られたりもしたんだけど、実際のところ、俺たちはいつの頃からか、友達の一線を越えてしまっていた。  あれは確か1年生の冬。クリスマスイブの日だった。お互いフリーで彼女もいないし、そんな俺たちに付き合って時間を潰してくれる女友達もいなかった。  だから、俺のアパートで二人で鍋パーティーをしたんだ。彼女と会うからとか、バイトでその日は空いてないとかで、グループの他の連中には断られ、結局二人きりになってしまった。だけど、俺たちはいつもと同じように、二人で気楽に過ごせるのを、どこか有り難く思っていた。  鍋をつついて、アルコールも飲みまくって、良い気分になって……それで、いつの間にかそういう関係になってた。  一線なんて、越えてしまえば怖い物でも何でもなくなる。  俺たちは、お互い何も深いことを考えずに、二人きりの世界にのめり込んでいった。周りの奴らに「おまえら、やばい関係なんじゃねえの?」なんて言われても、笑って誤魔化して、何でもないように振る舞った。その分、二人きりになったら、それこそ一日中でもベッドの上で過ごすような、そんな仲だった。  大学生活もいつしか終わりを告げ、俺もあいつも就職して、それでも暫くの間は関係が続いていた。  正直に言う。俺はずっとあいつといられると信じていた。世の中では徐々に、同性同士での関係も認められつつあったし、俺たちがそういう関係だ、っていつかオープンに出来る日が来るんじゃないかって思ってたから。  それなのに……  ある日呼び出されて行ったカフェの外席で、コーヒーを飲みながらあいつは言ったんだ。 「ごめん、別れよう」  どうしてなのか、と尋ねる俺にあいつは「……会社の同期の女の子と付き合うことになったんだ」と言った。無表情を装ってたけど、あいつはどこか嬉しそうだった。俺はそんな西内を見ながら、目の前が真っ暗になって、泣いてしまいそうだった。でも、本気であいつのことが好きだったから「……そうか、おめでとう」って言った。だって、そう言うしかないだろう? 泣きわめいて俺と別れないでくれ、って言えば良かったのか? ……俺にはそれは出来なかった。恋愛なんて、相手が同性だろうが異性だろうが関係なく、どちらかに好きという感情がなくなったら、そこで呆気なく全てが終わる。俺にはそれが分かっていたから、それ以上は何も言えなかったんだ。 「これからも良い友達でいような」  別れ際に言ったあいつの一言。俺は一生忘れない。あんなに残酷な言葉はないからだ。  俺は傷つき過ぎるぐらい傷ついて、どん底まで落ち込んで、あいつを忘れようともがき苦しんだ。  そして俺は1年後、何故かあいつの結婚式で友人代表のスピーチをしている。  どうしてあいつは俺にスピーチなんて頼んできたんだろう? それ以前に、なんで結婚式に出席してくれなんて言えたんだ? つまり、あいつは俺と真剣に付き合ってるとは、ずっと思ってなかったってことだよな。セックスの相手をしてくれる気楽な友達。ただそれだけ。あいつを恋人だと思っていたのは、俺だけだったってことだ。  まるで道化師になった気分だった。大勢の招待客の前で、大学時代のエピソードを面白おかしく聞かせて、笑いを取ったりして、俺ってなんて健気で可哀想なヤツなんだろう、って自分を憐れんだ。  ひな壇に可愛らしい新婦と並んで座るあいつは、スピーチが終わると同時に笑顔で拍手していた。その笑顔はかつて、俺だけに向けられたものだったのに。

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