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第18話

18. 「バウムクーヘンエンドって知ってる?」  俺は新しい缶ビールのプルタブを開けると、緒崎に尋ねた。 「バウムクーヘンエンド?」  緒崎は知らないらしい。俺は、バウムクーヘンエンドを簡単に説明して聞かせた。 「へえ、そんなのあるんだ。知らなかったな」 「最初、緒崎の部屋に来た時、バウムクーヘン持ってきただろう?」 「結婚式の引き出物だった、って言ってたよな」 「あれ、嫌味で入れられてたのかなって思ってたんだ。だから、最初家に持ち帰った時、捨てようとしてたんだよ」 「ひどいな、捨てようとした物を俺に持ってきたのか?」 「お菓子に罪はないだろ? それに有名な洋菓子店の物だったし。でも、だからといって、俺一人で食べるのは気が進まなくてさ。それで野菜のお返しに持ってきたんだ」 「……バウムクーヘンで終わった恋とバウムクーヘンで始まった新しい恋、か」 「本当だな。俺がバウムクーヘン持って来なかったら、こんな関係にはならなかったんだもんな」  俺はそこまで言って、突然気付いた。 「あのさ、緒崎は俺が男性が恋愛対象だって、前から知ってたのか……?」  考えてみたら、最初から緒崎は野菜のお裾分けや夕食を誘ったり、とモーションを掛けてきていた。俺は全然まったく気付いていなかったのだが。その後、紆余曲折を経て、俺に告白した緒崎は自信満々だった。俺がイエスと返事するのが、あらかじめ分かっていたかのように。 「いいや、最初は知らなかったよ。……俺の一目惚れだったんだ。半年前、おまえのところに引っ越しの挨拶で、タオル持って行っただろう? あの時、おまえを見て、付き合えたらいいなって思ったんだ。……でも、お前が男と付き合ってたっていうのは、全然知らなかった」  そうか、と俺は思い出す。緒崎がアパートの隣に引っ越して来たのは半年前。それ以前、1年前までは、西内が頻繁に俺のアパートの部屋にも来てたけど、別れてからは一度も来ていない。だから、俺が西内と付き合っていたのを、緒崎が知らないのは当然だった。 「でも緒崎ってば、俺にハグしたりキスしたり告白したりしたじゃないか……それ、知らなくてしたってこと?」 「いや。おまえの恋愛対象は男性だろうな、って確信を得られたから、したんだけど」 「……え? どこで分かったんだ?」 「おまえ、今日振られた相手と会って、ホテルに誘われたって言っただろ?」 「うん」 「相手が実家に帰ってる、って言うから分かった」 「……なんで?」 「旦那が実家に帰るより、奥さんが実家に帰る方が自然だから」  緒崎は自信たっぷりに言い切った後、ほんの少しだけ戸惑うような表情になった。 「あとは、俺の勘、かな。答えが正解なのか間違ってるのか、おまえにキスするまでは半々ってところだったけど」 「緒崎って……度胸あるよな」 「度胸がなかったら、おまえを夕食になんて誘えなかったよ。でも正直、あの時はめちゃくちゃドキドキしてた。断られるんじゃないかと思って」 「全然そんな態度じゃなかったような気がするんだけど」 「そこは、俺の演技力が高かったってことで」  緒崎は思い切り男前な笑顔を浮かべてそう言った。俺はその顔を見て、胸がぎゅうっと掴まれたようになる。 「菊池?」 「……な、なに?」 「実家からみかん送って来たんだけど」 「お裾分け?」 「いや。もうお裾分けはしない」 「……なんで?」 「俺の部屋に食べに来て? いい?」  緒崎の顔が近づいてきて、唇が触れた。重ね合わせた感触に、俺は酔いが回ったような何とも言えない良い気分になる。  バウムクーヘンで一つの恋が終わり、そして新しい恋が始まった。  俺は西内を忘れられなくて、彼にされた仕打ちを恨んだ事もあったけど、今では彼と別れたのは必然の結果だったんだろうと思う。結婚式の引き出物のバウムクーヘン、てっきり嫌味で入れられたのかと思ってたけど、こんなハッピーエンドが待っていたのなら、喜ぶべきなんだろうな。  俺は隣に座っている緒崎を見ながら、甘く幸せな気分を充分過ぎるほど味わっていた。

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