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第17話
17.
いまだに自分が置かれた状況が冷静に判断出来ていない。俺の前に座って美味そうにビールを飲んでいる緒崎は俺が好きなのだ、と告白してきた。そして、俺は付き合おうと言われて、うんと返答してしまった。
――いいのか!? こんな簡単にOKしちゃって……って言うか、この間女の子来てたよな!?
そうだよ、緒崎の部屋に入っていったあの女の子は誰なんだ?! まさかと思うけど、西内と同じ展開になるとか……ないよな?
西内は可愛い嫁さんが出来たくせに、俺をホテルに誘ってきた。男相手なら浮気にならない、とか理不尽な屁理屈をこねくり回して。緒崎だって同じ男だ。もしかしたら西内と同じような事考えてたっておかしくない。
俺は緒崎を疑うような目で見ていたらしい。緒崎はそれに気付いて、眉根を寄せた。
「……菊池、俺の顔に何か付いてる?」
「いや、そうじゃなくて。……数日前にさ、この部屋に女の子入れてただろ? あれ、おまえの彼女じゃないの?」
「女の子? この部屋に? 誰のこと言ってるんだ?」
緒崎は思い切り顔を顰めて聞いてきた。どうやら覚えがまるでないらしい。
――え? じゃ、俺が見たのって、あれ何!? 幽霊とか?
俺は背筋がぞっとして、周りを見回してしまった。何かがこの部屋に取り憑いてたりするんだろうか? 若い女性の霊とか!?
「……ああ! なんだ、あれ違うから」
緒崎はやっと思いだしたらしい。おかしそうにくすくすと笑っている。
「何が違うんだよ?」
「彼女は、大家さんのお孫さんだよ」
「大家さんのお孫さん?」
――そんな人いたっけ?
俺たちのアパートの大家さんは、隣の敷地にある大きな家に住んでいた。不都合が起きた時は、すぐに連絡しに行けてとても便利だ。だが、お孫さんがいるとは知らなかった。あの家ではなくて、違うところに住んでいるのに違いない。俺は一度も見たことがないから。
緒崎は飲み終えた缶をテーブルに載せながら、話し始める。
「この間、おまえにじゃが芋お裾分けした時、大家さんにも持って行ったんだ。そしたら、お孫さんがお返しを俺のところに届けてくれたんだよ」
でも、それなら玄関先でいいはず。彼女はこの部屋の中にまで上がっていた。何か緒崎は隠してる。俺はそう思っていた。緒崎は苦笑しながら説明を続けた。
「彼女が俺の部屋に上がってたのは、この部屋の風呂場の排水の調子が最近良くなくて、それを見て行ってくれたんだ。大家さんに見に来て欲しいってお願いしてたんだけど、ぎっくり腰になっちゃったとかで、全然来てくれなかったんだよ。それで、お孫さんがお返しのお菓子持ってきてくれたついでに、そっちもチェックしていったんだ」
「……な、なんだ……そんな事だったのか……」
「そう。そんな事だったって訳。納得してくれた?」
「うん……なんか、事情を知ったら気が抜けちゃって」
今まで散々悩んでたのは、単なる自分の考え過ぎだったのか、と思ったら一気に脱力してしまった。
「もう一つ言っておかないといけない事があるんだ」
「……なに?」
緒崎は真剣な表情で口を開いた。
「俺、女性は恋愛対象じゃないから」
俺はそれを聞いて、ふはっ、と思わず笑っていた。
「菊池、何笑ってんだ? 失礼だな」
「……いや、俺も同じだから」
「俺たち、お互い良いパートナーになれるんじゃないかな」
「そうだね」
俺はここに来てようやく、西内との事を完全に過去の出来事として忘れられると思った。
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