17 / 18

第17話

17.  いまだに自分が置かれた状況が冷静に判断出来ていない。俺の前に座って美味そうにビールを飲んでいる緒崎は俺が好きなのだ、と告白してきた。そして、俺は付き合おうと言われて、うんと返答してしまった。 ――いいのか!? こんな簡単にOKしちゃって……って言うか、この間女の子来てたよな!?  そうだよ、緒崎の部屋に入っていったあの女の子は誰なんだ?! まさかと思うけど、西内と同じ展開になるとか……ないよな?  西内は可愛い嫁さんが出来たくせに、俺をホテルに誘ってきた。男相手なら浮気にならない、とか理不尽な屁理屈をこねくり回して。緒崎だって同じ男だ。もしかしたら西内と同じような事考えてたっておかしくない。  俺は緒崎を疑うような目で見ていたらしい。緒崎はそれに気付いて、眉根を寄せた。 「……菊池、俺の顔に何か付いてる?」 「いや、そうじゃなくて。……数日前にさ、この部屋に女の子入れてただろ? あれ、おまえの彼女じゃないの?」 「女の子? この部屋に? 誰のこと言ってるんだ?」  緒崎は思い切り顔を顰めて聞いてきた。どうやら覚えがまるでないらしい。 ――え? じゃ、俺が見たのって、あれ何!? 幽霊とか?  俺は背筋がぞっとして、周りを見回してしまった。何かがこの部屋に取り憑いてたりするんだろうか? 若い女性の霊とか!? 「……ああ! なんだ、あれ違うから」  緒崎はやっと思いだしたらしい。おかしそうにくすくすと笑っている。 「何が違うんだよ?」 「彼女は、大家さんのお孫さんだよ」 「大家さんのお孫さん?」 ――そんな人いたっけ?  俺たちのアパートの大家さんは、隣の敷地にある大きな家に住んでいた。不都合が起きた時は、すぐに連絡しに行けてとても便利だ。だが、お孫さんがいるとは知らなかった。あの家ではなくて、違うところに住んでいるのに違いない。俺は一度も見たことがないから。  緒崎は飲み終えた缶をテーブルに載せながら、話し始める。 「この間、おまえにじゃが芋お裾分けした時、大家さんにも持って行ったんだ。そしたら、お孫さんがお返しを俺のところに届けてくれたんだよ」  でも、それなら玄関先でいいはず。彼女はこの部屋の中にまで上がっていた。何か緒崎は隠してる。俺はそう思っていた。緒崎は苦笑しながら説明を続けた。 「彼女が俺の部屋に上がってたのは、この部屋の風呂場の排水の調子が最近良くなくて、それを見て行ってくれたんだ。大家さんに見に来て欲しいってお願いしてたんだけど、ぎっくり腰になっちゃったとかで、全然来てくれなかったんだよ。それで、お孫さんがお返しのお菓子持ってきてくれたついでに、そっちもチェックしていったんだ」 「……な、なんだ……そんな事だったのか……」 「そう。そんな事だったって訳。納得してくれた?」 「うん……なんか、事情を知ったら気が抜けちゃって」  今まで散々悩んでたのは、単なる自分の考え過ぎだったのか、と思ったら一気に脱力してしまった。 「もう一つ言っておかないといけない事があるんだ」 「……なに?」  緒崎は真剣な表情で口を開いた。 「俺、女性は恋愛対象じゃないから」  俺はそれを聞いて、ふはっ、と思わず笑っていた。 「菊池、何笑ってんだ? 失礼だな」 「……いや、俺も同じだから」 「俺たち、お互い良いパートナーになれるんじゃないかな」 「そうだね」  俺はここに来てようやく、西内との事を完全に過去の出来事として忘れられると思った。

ともだちにシェアしよう!