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第16話

16.  俺は呆然としたまま、緒崎に抱き締められていた。 ――これは、友達としてのハグだ。そうだ! そうに違いない。俺が落ち込んでたから、緒崎は励ましのハグをしてくれたんだ…… 「あ、ありがとう……励ましてくれて」  俺がそう言うと、緒崎はぽかんとした表情で俺を見た。 「……俺が落ち込んでるから、励ましてくれたんだろ?」 「菊池って相当鈍いよな」 「え?」 「励ましじゃないよ」 「えっ? じゃ……なに?」 「ここまで鈍いのって、天然記念物ものじゃないか?」 「だって……それじゃ……」 「おまえが好きだからに決まってるだろ?」 ――え?  俺は全思考が停止状態に陥って、固まってしまった。意味が分からない。緒崎は今なんて言った? 好き? 誰が? 誰を? 「ずっと態度で表わしてるつもりだったけど、全然気付いてなかっただろ?」 「……気付いてない」  どうにかこうにか、その一言だけを発して、緒崎を見つめる。自分の前にいる、このハンサムな男は何を言ってるんだ? 酔ってるのか? 「野菜のお裾分け」 「ああ……うん、それがなに?」 「あれは下心ありでやってた事なんだけど」 「……ええっ?!」  実家から送られてきた、と何度も野菜を持ってきてくれたのは、最初からそういうつもりだったのか?! 「なかなかこっちを向いてくれないと思ってたら、バウムクーヘン持って遊びに来てくれたから、やっと付け入る隙が出来たなって夕食を誘うようになったんだけど、それも気付いてなかったんだ」 ――野菜も、夕食も……全部そういう心づもりがあったから……  俺はようやく納得がいった。そう言われてみたら、緒崎は俺だけを誘っていた。反対側のお隣さんだっていたのに。そっち側のお隣さんには野菜のお裾分けはしてなかったし、夕食も誘ってなかったんだ。反対側のお隣さんは、確か会社員の若い女性だった。普通だったら、そっちを優先して、俺なんか目も掛けられないだろう。その時点で俺は気付くべきだったんだ。 「菊池、ホント鈍過ぎ」  緒崎はそう言うと、俺にキスしてきた。 「……そういうところも可愛いけど」  唇を離すなり、そう言ってくすっと笑う。優しい笑顔だった。西内よりも、もっとずっと。 「俺と付き合わない?」 「……うん」  俺は頷いていた。頷かないと、一生後悔するような気がしていた。

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