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第6話

6.  二日後、あいつがまたマンションにやって来た。いつも来る時は突然だ。俺の携帯に『今から行く』とだけメッセージが入る。まあ、あいつも営業であっちこっち飛び回って忙しいから、前もって約束とか出来ないのは理解出来る。だけど、いつも本当に突然過ぎるんだよ。この日も、俺が夕食の支度でもしようか、と立ち上がったところに携帯の受信音が鳴った。携帯を開くとあいつからのメッセージ。『今、マンションの下に着いた』と書いてある。 「はあ!? 俺、これから飯……」  俺がメッセージ見て文句を口にした途端、ピンポーンとドアベルが鳴らされた。 ――むかつくから居留守使うか……  俺はすぐに出ずに、そのまましばらく無視を決め込む。するとまた携帯の受信音がした。メッセージには『さっき洗濯物取り込んでるところ見たぞ』と書いてある。 ――こいつ……ストーカーか!?  確かに10分ほど前、ベランダに出て洗濯物を取り込んだ。……あれ、見られてたのか? いつからこいつ俺のマンションの下に立ってたんだ!?  俺が仕方なくドアを開けると、あいつがニヤニヤしながら立っていた。 「……おまえ、なに人のことストーキングしてるんだよ」  悔しいから一言言ってやらないと気が済まなかった。 「お前のマンションを通り過ぎて、コンビニ行ったんだよ」  田崎は俺の目の高さに、コンビニのビニール袋を持ち上げた。 「缶ビールとつまみぐらいしか買ってないけど、おまえ腹減ってた?」 「……今、夕飯作ろうとしてたところだったんだ」 「へえ、桜庭、料理するんだ。どんなの作るの?」 「大した物は作らないよ。……パスタとか丼物とか」 「俺、パスタでいいや」 「おい、何勝手に決めてるんだよ!? って言うか、何で俺がおまえに夕食作らないといけないわけ?!」 「え? だって、今から夕食作るところだったんだろ? 一人前も二人前もあんまり作る手間変らないじゃん」 ――くっそ、なんだよ、なんでいつもこいつのペースに乗せられっぱなしなんだよ!?  どうせまた何か文句を言っても、言い返されるのがオチだ。あいつは営業なだけあって、口が異常に上手かった。普段総務で誰とも喋らず、ただ黙々と書類仕事だけこなしてる俺とは役者が違う。あいつに口答えしたところで、最初から勝ち目なんかなかった。  俺は黙って大鍋に湯を沸かし、小鍋にはトマト缶を開けてパスタソースを作り始める。 「桜庭の手料理食べられるなんて思ってなかったから、嬉しいな」  田崎はまるで自分の家にいるみたいに寛いでいた。 「何か手伝おうか?」 「いい、座って飲んでれば?」 「そう?」  田崎は缶ビールのプルタブを開けると、俺が調理しているガス台の上に置いてくれる。 「飲みながらだって、作れるだろ?」 ――だから……そういうのは要らないんだ……  俺はたまらなくて、顔を背ける。 ――あいつも……宮本もそうやって、いつも俺にすごく優しかった。  そういう見せかけだけの優しさに、俺は何も気付かなかった。本当に俺だけに優しくしてくれてるんだと思ってた。 「飲まないの?」 「……飲むよ」  俺は缶ビールを手に取ると、ぐいーっと一気飲みした。飲まなきゃやってらんないよ。  出来上がったトマトソースのパスタを、俺は田崎と向かい合って食べていた。 ――何で俺がこいつと恋人みたいに夕食を食わなきゃならないんだ? 「桜庭、料理上手いな。すげえ美味いよ、これ」 「……」 「その辺のパスタ屋で食うより、おまえのパスタの方が断然美味いって」 「……別に無理して褒めなくていいから」 「無理なんかしてないぞ? 本当にそう思ってるんだけど」 「田崎はさ、別に俺の恋人でも何でもないんだから、褒める必要なんてないだろ?」 「恋人じゃなきゃ、料理の腕褒めたらいけないのか?」 「そういう訳じゃないけど……」 「褒められたら素直にありがとう、って言っておけよ。その方が可愛げあるから」 「……別に可愛げなんていらないだろ? 俺は男なんだし」 「桜庭は、充分可愛いけどな」  俺はパスタを吹き出しそうになって、慌てて口を手で塞ぐ。 ――こいつ、何言ってるんだよ!? 「……なあ、早く食ってやろうぜ?」 ――はいはい……その気にさせるためのリップサービスってやつですか。  俺は田崎を睨み付けた後、視線を落として食事に集中した。

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