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第5話
5.
結果から言う。
田崎は男と寝るのが初めてだとか言う割に、すごく上手かった。流されただけじゃないのか? って突っ込まれそうだけど、そうだったのかも。久しぶりだったから、俺もつい雰囲気に乗っちゃったってのは否めない。
あいつは終わるとシャワーも浴びずに俺の家を出て行った。
「……またやろうね。桜庭、すごく良かったよ」と言い残して。
――ば……馬鹿にしやがって、くそっ、くそっ、くそっ!
俺は枕を壁に投げつけた。
――もう二度とあいつの口車には乗らないぞ。
俺はそう誓った。
……筈だったのだが。
「桜庭、すっごくいい……あっ、俺もう駄目いく……」
なんでこいつが俺の上に乗っかってるんだ?
あいつは俺の腰を抱えて気持ち良さそうに腰を振っている。それを見ながら俺も「……あっ、ダメ……俺もいく」なんて言ってた。
――俺、馬鹿じゃないの?
頭の片隅で俺は自分を馬鹿だ、と罵りながらも、体の快感には抗えなかった。
あの日から、田崎はしょっちゅう俺のマンションに来るようになった。俺と寝るためだけに。つまり、俺は田崎のセフレになったのだ。あいつは俺をセフレにするために、宮本の話をネタにして脅してきたってことだった。あからさまに脅されたわけじゃない。あいつはあくまでも、俺が自発的にあいつとセックスするように仕向けてきた。卑怯なヤツだ。一度したら、二度、三度なんてあっという間だった。俺は……宮本と別れてから、ご無沙汰だったから、だから、ついあいつの言うなりになってしまった。頭と体がバラバラに行動してるみたいだった。頭の中ではあいつを拒否するのに、体は拒否出来なかったんだ。
「桜庭……おまえ最高」
終わった後、あいつはそう言って俺の肩にキスした。なに気障ったらしいことしてんだよ。俺は何も答えなかった。あいつの言うなりになって、セックスして気持ち良くなってる自分に腹が立って仕方なかった。
「何か怒ってる?」
――怒ってるに決まってんだろ?
暢気な田崎の言い方に、俺はむかついて無視した。
「じゃ、俺帰るわ」
シャワーも浴びずに今日もあいつは帰って行った。
なんであいつがシャワーも浴びずにそそくさといつも家に帰るのか、その訳が分かったのは翌日のことだった。俺が給湯室にコーヒーを淹れに行ったら、中に先客がいた。人事課の女子社員二人だ。俺は入りにくいな、と思って、しばらくの間給湯室の外の見えないところで立って待っていた。
「ねえ、知ってる? 営業三課の田崎さん」
田崎の名前が出て、俺はドキッとする。
「田崎さんって、あの成績トップのイケメンでしょ? なになに? 何かゴシップネタでもあるの?」
――まさか、俺とのことが噂になってるとか……?
俺は聞き耳を立てる。あいつは社内で噂になるとまずいから、と初日の焼き鳥屋以降、二人で外で会うことはしなかった。必ず俺のマンションにあいつが来ていたのだ。俺の仕事はそれほど忙しくないから、いつも定時で帰宅していたが、営業のあいつはすごく忙しくて、時間のやりくりをどうつけてたのかよく分からないけど、それでも俺のマンションに1週間に1、2度は必ず来ていた。まさかとは思うが、誰か社内の人間があいつが俺のマンションに入るのを見かけたのだろうか?
「ほら、田崎さんって専務のお嬢さんとお見合いしたって、半年前に話題になってたじゃない?」
――は? 見合い……? 専務のお嬢さんと?
「知ってる! なに? その後なにか進展があったの?」
「実は、もう婚約してて、一緒に暮してるらしいのよ」
「うそー! それって同棲ってこと?」
「もう結婚秒読み段階らしいよ?」
――同棲? 結婚……秒読み段階?
俺は目の前が真っ暗になっていた。
――だから、シャワーも浴びずに急いで家に帰ってたのか……
シャワーなんて浴びて帰ったら、そりゃ一緒に住んでる相手に浮気を疑われるよな。だから、慌てて家に帰ってたのか。家には、待ってる相手がいるから。
俺はふらふらと自分のデスクに戻った。
結局、俺はいつもポイ捨てされる運命なんだ。
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