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第8話

8.  あれから2週間。田崎は俺のマンションに来なかった。今まで必ず1週間に1、2度は必ず来ていたのに。あの夜、あいつがもう来ない、って言ったのは本気だったらしい。てっきりあの場を取り繕うためだけに、そう言ったんだと思っていた。会社で田崎に会わないかと思ったけど、元々営業で外回りに出てる方が多いからか、会うことはなかった。  俺はデスクを離れて、給湯室へ行く。体が重い。やる気が出ない。とりあえずコーヒー飲もう。  給湯室に行くと先客がいた。この間と同じ人事課の女子社員二人組だ。 「ねえ、知ってる? 営業三課の田崎さんの話」 ――俺は余程あいつの噂話と縁があるんだな……それとも、あいつが社内の人気者だって証拠なのかな…… 「知ってる、知ってる! まさか辞めちゃうとは思わなかったよね?!」 ――え? 辞めた……? 「専務のお嬢さんとの婚約解消して、会社もさっさと辞めちゃったんでしょ?」 「そうそう、なんで婚約解消しちゃったんだろうね? もう結婚秒読みとか言ってたのに」 「さあ……他に女でも出来たんじゃないの?」 「田崎さん、モテモテだったし……あれだけイケメンだったら、よりどりみどりだよねえ」 「それに会社辞めても、優秀だから、すぐに再就職先も見つかりそうじゃない?」 「ほんと。逆にさ、なんであんなすごい人がうちの会社にいたのか意味不明だよね?」 「言えてるー!」  あははは、と陽気な笑い声が給湯室に響いている。俺は何を自分が聞いたのか、訳が分からなくて呆然としながら、デスクに戻った。   ――婚約解消して、会社も辞めた? どういうことだ?  俺のマンションにあいつが来なくなったのは、本当に俺との関係を終わらせたからだった。あいつが専務のお嬢さんと別れて、もうセフレを必要としなくなったから。 ――どっちにしても、俺と二度と会う気なんかなかったんじゃねえかよ。  最後の夜、俺の方から、あいつとの関係を終わらせたみたいな言い方して部屋を出て行ったけど、結局のところ、俺の役割が終わったから捨てられただけだった。単に自分が罪悪感を感じずに済むような捨て台詞を残していっただけだったんだ。 ――最後まで最低なクズ野郎だったな。  俺は悔しくて悲しくて泣きそうになるのを、必死に堪えた。

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