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第9話

9.  TVの画面の中ではお笑い芸人二人が話すたびに、観客たちの笑い声がしている。 ――そんなに面白いこと言ってるのかな……?  俺はじっと画面を見続けていた。食欲もないしやる気もなくて、夕飯も作らずに、ただ缶ビールを飲んでぼんやりしていた。  給湯室で噂話を聞いてから、1週間が過ぎた。俺はもしかしたらあいつから連絡があるかも、と携帯をチェックし続けたけど、何も連絡はなかった。 ――やっぱり俺、捨てられたんだ。宮本の時と同じじゃないか。学習能力なさ過ぎ。  俺は単なるセフレでしかない、って自分に言い聞かせて、あいつとの関係に深入りしないように気を付けてたのに……  あいつに優しくされるたびに、これは違うんだ、って自分に言い聞かせてた。それなのに優しくされるたびに、勘違いしたくなる自分がいた。  もしかしたら、自分は選ばれたんじゃないかって。 ――そんなことあるわけないのに。  俺が誰かに選ばれるなんて、そんなのあるわけないんだ。誰かに特別だって思われて、優しくされるなんて、そんなの絶対あり得ないんだ。 ――俺が選ばれる可能性は、いつだって0%でしかないって分かってるのに。  ピンポーン、とドアベルが鳴らされた。 ――こんな時間に誰だよ。  俺は面倒臭くて無視した。  続けざまにピンポーン、ピンポーン、ピンポーンと何度も鳴らされる。 ――くそっ、何だよ。嫌がらせか?  俺はドアを思い切り開けて、文句を言おうと口を開け、そしてその場に固まった。 「よっ、元気だったか?」 「……田崎」  ドアの外には田崎が立っていた。 「な、何しに来たんだよ……」 「おまえに会いに来たんだけど、ここ桜庭の家だろ?」 「はああ? なに訳分かんないこと言ってるんだよ?!」 「いいから、中入れてよ。そんなところで大声出して、近所迷惑になるぞ」  田崎は有無を言わさない調子で、玄関に入るとドアを閉めた。 「……おまえ、その荷物なに?」  俺は玄関で靴を脱いでる田崎が、でかい旅行用トランクを持って来ているのに気付いた。 「俺の私物」 「え?」 「家、出たから」 「は?」 「ほら、俺、専務の娘と婚約解消しただろ? 今まで住んでたマンション、俺のじゃなくて、相手のだったから、出なくちゃいけなくってさ」 「そ、それが、俺と何の関係があるの?」 「しばらく住むところがないから、おまえの家に世話になろうと思って」 「な、なに勝手なこと言ってるんだよ?!」 「桜庭しかいないんだ」  頼りない笑顔を浮かべる田崎を見て、俺は言葉を失う。何でそんな顔するんだよ?! 「いいだろ? 次に住むところが見つかるまでだから」 「……急に言われても」 「桜庭」 「なに……?」 「俺のこと嫌い?」 「何で、急にそんなの聞くんだよ……俺、おまえのただのセフレだろ?」 「ただのセフレに可愛いとか、俺言わないよ?」 ――なんだよ……それ。ずるいだろ? 今更…… 「黙らないでよ、桜庭。俺、本気なんだけど……それとも、おまえのタイプじゃないから、どうしても無理ってこと? やっぱり俺、すっごく嫌われてたのかな」 「馬鹿……分かれよ……」 「え?」 「……俺が嫌いな男のために股開いて、そいつのちんこ尻の穴に入れさせたりするわけないだろ?」  俺はそう言って、田崎に抱きついた。 「はは……おまえ、すげえ男前だな」  田崎はそう言って笑うと、俺をぎゅっと抱き締めた。

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