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第10話

10.  あいつはすっかり自分の家にいるみたいにリラックスして、リヴィングの床に座り、缶ビールを飲んでいた。 「冷えてて美味いな。……なんかつまみある?」 「……ポテトチップスしかないけど、いい?」 「何でもいいよ、ほら、遠慮せずにここ座って」  そう言ってあいつは、自分が座ってる隣をぽんぽんと叩く。 ――ここ、俺んちなんですけど……  俺は缶ビールとポテトチップスの袋を持って、田崎の隣に座る。そして、聞きたかった質問を口にした。 「あのさ、なんで専務のお嬢さんとの婚約解消したんだ?」 「あれは、最初からそういう筋書きだったんだ」 「……え? 筋書き?」 「洋子……専務の娘の名前な。彼女、俺と大学のクラスメートでさ、同じゼミ取ってて仲が良かったんだよ。で、同じゼミの中には洋子の恋人もいた。……洋子はそいつと結婚するつもりだったんだ。でも、大学院に進んだそいつとの結婚を親父さんは許さなかった。社会人じゃないヤツに娘はやれない、ってね。半年前、あいつは遅ればせながら、就職活動を始めた。だけど、洋子の親父さんは世間体をやたら気にする人でさ、娘の適齢期が過ぎたら嫁の貰い手もなくなるとか何とか理由つけて、見合いさせようと計画したんだ。それを知った洋子は、俺に助けを求めてきた。俺とだったら、見合いしてもいい、って洋子は親父さんに泣きついたんだよ。幸い、俺は社内でも成績優秀で将来有望な社員だったからな、親父さんは一も二も無く飛びついたってわけ」  あいつはぐいっと缶ビールを呷って話を続ける。 「俺の役目は、洋子の恋人が出来るだけ良い会社に就職が決まるまでの時間稼ぎだった。親父さんが娘の結婚相手として不足がない、と思える会社にあいつの就職が決まれば、俺の役目はそこでおしまい。で、めでたく今回、誰が聞いても知ってるような有名一流企業に就職が決まってね。俺もやっとお役御免と相成ったんだ」  話し終えた田崎は俺を見てにやっと笑った。 「あのさ……なんでそれ、俺に言ってくれなかったの? 俺が、もうこんな関係止めようって言った時、おまえ、それ言わなかったじゃないか」 「え? だって、桜庭には関係ないだろ?」 「あるだろ!? 俺はおまえとこんな関係になっちゃってたのに!」  田崎はぽかんとした顔で俺を見ている。 「……でもおまえ、洋子知らないし」 「いやいやいや、知らないけど、それは俺にちゃんと説明するべきなんじゃないの?!」 「そういうの面倒だから、別にいいかなって思って説明端折ったんだけど、おまえ意外とちゃんと考えてたんだな」  あははは、と田崎は俺を見て脳天気に笑った。 ――なんだよ、もう! 肝心なこと全然言わないから、俺一人で悩んで馬鹿みたいじゃねえか…… 「ごめん、ごめん。桜庭って結構ナイーブなんだな」  ふて腐れている俺の肩に、あいつは馴れ馴れしく手を回してきた。俺は満更でもなかったので、そのままやりたいようにさせておく。 「おまえ、3週間前に会社辞めて、今まで一体どこで何してたんだ?」 「3週間前じゃないよ、2週間前だよ」 「俺のところには3週間、全然来なかったじゃないか」  俺はふて腐れて言う。 「別に3週間ヒマしてたわけじゃないぞ? 会社辞める直前まで、俺の得意先に後輩連れて挨拶回りして、会社に戻るのは毎晩9時過ぎ。それから引き継ぎ資料の作成して、家に帰るのは終電間際でさ。もう毎日へとへとだったよ。出勤最終日の前日まで、そんな感じだったんだから。しかも、仕事辞めた後はしばらくノンビリしようと思ったのに、洋子にマンションの部屋を綺麗にしてから出て行け、って怒られてさ……さすがに俺の部屋汚すぎて、洋子も見た時は絶句してたな」 「それ、どういうこと?」 「当然だけど、俺とあいつは同じマンションでも別の部屋でそれぞれ生活してたから、俺の部屋がどんな状態だったのか、洋子は全然知らなかったんだ。引っ越しするってなって、初めてあいつ俺の部屋の中に入ったんだけど、まさかあんなに驚かれるとは思わなかったな。それで急遽、部屋の大掃除しなくちゃいけなくってさ。とにかく、もう毎日毎日掃除で忙しくて大変だったんだよ」 「でも2週間、ずっと掃除してたわけじゃないだろ?」 「そりゃそうだ。掃除と同時並行で、新しい会社に行く準備してたんだよ」 「新しい会社? もう、再就職先決まってるのか?」 「少し前にヘッドハントされててさ。だけど、洋子のことがあったから、ちょっと待って貰ってたんだ。給料、前の会社の倍だぜ?」  あいつはそういって、自慢気な笑みを浮かべた。 「ようやく、今日全部終わっておまえのところに来られたってわけ。……とりあえず、飲んだらやろうぜ? 俺、3週間分たまってるんだよ」  田崎は俺に物欲しそうな顔を近づける。心臓がどきん、と飛び跳ねる。 ――だから……そのくそハンサムな顔を不用意に近づけるなっつーの。

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