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第11話

11. 「おまえっ……しつこい……もう、俺ダメだってば」  俺が何回いったのか分からなくなった頃、ようやく田崎は俺を解放してくれた。 「こんなもんで満足したのか?」 「……こんなもん? おまえ、俺が何回いかされたと思ってんだよ?!」 「3週間分たまってるって言っただろ?」 「……俺はそうでもない」 「そうなのか? 会わない間、俺が欲しくてたまらなかったんじゃないの? 我慢するなよ」 「我慢なんかしてない……だって俺、おまえに捨てられたって思ってたんだ。あの晩、もう来ないって捨て台詞残して帰って、それからずっと来なかったから」 「……桜庭」 「連絡も全然ないし、きっと利用価値なくなってポイ捨てされたんだなって」 「あれは……悪かったよ。売り言葉に買い言葉っていうの? ついあんなこと言われて、言い返しちゃっただけで、深い意味なかったんだけど。……っていうか、言われるまで、俺もそんなこと言ったのすっかり忘れてた」 「はあ?」 ――やっぱりこいつはそういうヤツだよ…… 「桜庭は考えすぎなんだってば。おまえ、なんでそんな自分に自信ないの?」 「田崎みたいに、優秀で仕事が出来る人気者には分かんないよ。俺はさ、いつだって恋人に選ばれる確率0%の男なんだ。……誰にも気にされないし眼中にもないっていうの? どこ行ってもモテモテのおまえとは人種が違うんだよ」 「馬鹿、何言ってるんだよ。……桜庭、結構社内で人気あるんだぞ?」 「なに言ってんの?」  田崎は、こいつ分かってないな、という顔をして、俺の上から体を移動させると、隣に座った。 「おまえ、女子社員から、どことなく影があって憂いのある表情が素敵、なんて噂されてるの知らないのか?」 「……知らない」 「じゃ、男性社員の間で、儚げな雰囲気と妙な色っぽさがあってたまらない、って言われてるのも当然知らないってことだ」 「な、なんだよ、それ!?」 「そんなの聞かされてたら、俺だって焦るだろ?」 「焦る?」  俺は田崎が一体何の話をしているのか分からなくて呆然としていた。そんな噂話一度だって耳にしたことないぞ? というか、そもそも噂話に興味がないから、気が付かなかっただけなのか? もしかしたら、田崎のでたらめな作り話かも、という一抹の疑念もあったが、とりあえず話の続きは聞いておくことにする。 「まさかあの日、男子トイレで桜庭と鉢合わせすると思ってなかったから、俺も柄にもなく焦っちゃってさ……あんな脅すような真似して悪かったな」 「……え?」 「しかも、すんなりおまえの家まで入れて貰えるなんて、そんなラッキーなことあるんだ、ってビックリしちゃってさ。まじで、そこまでは想定外だったから、家に入った途端、我慢出来なくなって襲っちゃったんだけど。あの時は、ホントごめんな」 「は……?」 「なんて顔してんだよ?」 「……いや、だって、それ、どういう意味?」  それって、もしかして、田崎は最初から俺を……好きだったってこと? 俺は目の前のイケメンが何を話してるんだか、さっぱり意味が分からなくて混乱しまくっていた。脳が正常に作動してない。なんて言ったらいいのか、言葉がまったく出て来ない。 「おまえ、勝手に自分がセフレだって思い込んでただろ?」 「だって、そうじゃないの……? あの日、トイレで宮本のことで俺を脅してきて……」  そうだ、こいつどうやって俺と宮本のこと知ったんだ? 「だから、謝ったじゃないか。俺、めちゃくちゃテンパってて、つい脅すみたいなこと言っちゃったって」 「田崎……そもそも、なんで俺が宮本と付き合ってたの知ってたんだよ」 「おまえらよく銀座の洋食屋でデートしてただろ?」 「……天明軒のこと?」  天明軒は老舗の洋食屋だ。銀座の有名デパートの裏にひっそりと佇む名店。宮本は営業職だったから、美味い店を色々よく知っていた。天明軒もその一つで、あいつのお気に入りの店だった。オックステールのビーフシチューが絶品なんだ、って言って最初のデートで連れて行ってくれた。それから、何度となくあの店に宮本と行って、あいつの好きなビーフシチューを一緒に食った。  それを、なんでこいつが知ってるんだ? 「あそこ、俺のお得意さんの一人が贔屓にしててさ、よく接待で使ってたんだ。……ある日、俺がお客さんと行った時、宮本がおまえと食事してるの見かけてさ。ずいぶん親しそうだな、なんて思ってたんだ。それから3回ぐらいおまえらが食事してるの見かけたかな」  そうか、考えてみたら宮本が知ってるぐらいだから、同じ営業職の田崎があの店を知らないわけがないんだ。 「3回目に見た時にさ、おまえ途中で席立って帰っちゃったんだよ」 「あ……それ……」  俺は思い出していた。田崎が見たのは、俺が宮本に別れ話を切り出された夜のことだ。会社を辞めるから、おまえとの付き合いもここまでだ、って突然言われたんだ。どうして? と聞く俺にあいつは言葉を濁していた。まさかそれまで二股かけてて、俺を捨てた後ですぐに女と結婚するなんて、面と向って言える勇気がなかったんだろう。俺は寂しくて悲しくて、あいつの話を最後まで聞けなくて、それで席を立って帰ったんだ。そこを田崎に見られていたのか。 「あれ、宮本に別れ話されてたところだったんだろ? おまえ、泣きそうな顔してた」 「……そうだよ」 「あの顔がずっと忘れられなくてさ。……おまえみたいな可愛いヤツ泣かせるなんて、宮本もロクな男じゃねえな、って思ってた」  俺はびっくりして田崎の顔を見つめた。あいつは照れたような表情を浮かべている。 「……まさか、その頃から?」 「そのまさかだよ。その時から、俺はずっとおまえが気になってたんだ」 ――う……うそ!?

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