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ネコと猫_17

出社すればそこには既に見たくない顔があった。 「おはようございます、水原先輩」 わざと挨拶もせずに自席に着いたと言うのに、コイツは俺の席までやって来て微笑む。 「お前どの面下げて――んぐっ!」 勢いよく立ち上がり詰め寄ると、喋りかけだった口に人差し指が宛がわれる。 「しーっ、そんなに大きな声を出したら注目の的ですよ」 その行為さえ馬鹿にされているようで、思いっきり手を振り払う。 「痛いですよ、先輩」 自分の手を押さえつつ微笑む後輩に、苛立ちが増す。 「その貼り付けたような笑い方やめろ」 「そう言われましても」 「ちょっと来い」 ぐいっと顎で合図すれば蓮沼は大人しく後ろをついてくる。 俺が入ったのは小さな会議室。 重役会議などで使われるため、防音はしっかりとしている。 鍵も掛けれるし最適な部屋だ。 「こんな部屋に二人きりなんて、先輩、厭らしいですね」 「そんなつもりで入ったんじゃねーよ!お前、約束覚えてるよな?」 俺の問いに蓮沼はとぼけたような顔をする。 「さて、何のことでしょう?」 「昨日のこと全部引っ括めて言わない約束だろ!」 「ああ、そうでしたね。安心してください、今日は言いません」 何だか含みのある言い方に眉を潜める。 「おい、今日はってどういう意味だ?」 「そのままの意味です。今日の口止め料は昨晩いただきましたが、明日の口止め料はいただいてませんので」 「ちょっと待て!それじゃあ話が違――」 「でも先輩、これは等しい対価だと思いませんか?一晩につき一日の黙秘。ね?」 何を言ってるんだと叫んでやりたいが、妙な説得力も感じる。 って馬鹿。納得してどうする! 「……おい、てことはまさか…………」 「そうです。僕にずっと黙っていて欲しいなら、毎晩僕とお付き合いお願いしますね。あ、恋人として付き合っていただけるなら永久に口を閉すことも可能ですが」 俺は堪らず、頭を抱えた。 何だってこんな変なやつに…………。 「俺をからかうのは止めろ。お前の遊びに付き合ってられねーよ」 「別に遊んでいる訳じゃありませんよ。もしかしてあの時聞こえていませんでしたか?」 「何が?」 「僕が好きだって言ったこと」 好き………? そう言えばそんな単語を夢の中で聞いたような気もする。 「………お前、まだ寝ぼけてんのか?」 「酷いなぁ、愛の告白をそんな風に言うなんて」 愛の告白だなんてぞわぞわする単語を言われて鳥肌が立った。 「やめろ、気色悪い」 「ふふ、そんな嫌そうな顔しないでください。そんな顔されると――」 と蓮沼は間合いを詰め、俺の顎に手をかける。 「また泣かせてやりたくなります」

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