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サービスエリアで恋をして・2(後編)
彼の手料理はどれも美味かった。俺は米粒ひとつ残さず平らげた。
「ご馳走様。美味かったよ。仕事終わった後、こんなに料理してくれて、ありがとな」
素直に俺がお礼を伝えると、淳 はますます照れたのか、プイと顔を逸らしている。
「今日は、早く荷下ろしできたからさ」
食器を台所に下げようと立ち上がった彼からは、風呂上りのような匂いがした。えっ何それ! ……俺、やっぱり誘われてるよね?
戻ってきた淳は、食事中は俺の向かいに座っていたが、何も言わず俺の隣に腰掛けた。俺はゴクリと息を呑む。
(ここで行かなきゃ男じゃないぞ哲也 )
思い切って、彼の栗色の髪に触れる。毛量は豊かだが、白髪が多くて染めているらしい。
「……淳、風呂入ったんだ。良い匂いする」
俺に髪を撫でられて、彼はつんと拗ねたように口を尖らせている。やだ何これ可愛い。
「哲也こそ。今日も、けっこう時間かかったんじゃないの? 仕事」
「や、だから汗臭いかなーと思って。サッパリしてから来た」
「髭まで剃るんだ?」
「……良く見てんね」
物言いたげな表情を浮かべて、淳が俺を見る。俺は彼に口づけた。彼は拒まなかった。それどころか、唇を開き、俺の首の後ろに緩く手を回して誘ってくる。気が急いた俺は、ガチガチと歯をぶつけてしまう。……我ながらキス下手だな、おい。童貞かよ。
「哲也、大丈夫なの。お前ノンケでしょ?」
含み笑いし、優しく彼は俺の肩を撫でる。その手はきれいだが、紛れもなく男だ。手のひらは厚く、指も太い。それを実感したら、逆に落ち着いた。俺も彼の背中に手を回し、抱き寄せた。荷物を自力で上げ下ろしすることも多いドライバー稼業にしては、淳は線が細い。
「男全般行けるかは分かんないけど、淳なら大丈夫。っていうか、今めちゃくちゃ興奮してる。あと、キスとかするのが久しぶりすぎて、テンパってる」
正直に打ち明けると、彼は身体を少し離して、下を見る。俺の興奮を確かめたようだ。
「……ほんとだ」
にやりとした彼の微笑は妖艶だった。色っぽい反応に背中を押され、俺は彼を床に押し倒した。上からのしかかり、再び唇を重ねる。もう歯をぶつけたりはしない。お互いの間合いを読みながら、艶 かしい吐息混じりの、大人のキスだ。膝を彼の脚の間に割り込ませる。彼の中心も固くなっている。
「俺さ。淳の存在を認識した時から、お前のこと、ずっと気になってたよ」
「へえ。光栄だね。こんなおっさんになって、ノンケを転ばすとは思わなかったよ」
彼の指先は、優しく俺の髪を梳き、肩から背中へと滑り、今は尻を撫でている。婉然とした笑み。堂々とした態度。……こいつ、けっこうやり手なんじゃないか? キスだけで前を膨らませ、『次はどうするんだっけ』と必死な俺とは、場数が違いそうだ。慌てて、更に乙女のような質問を投げかけてしまう。
「なぁ、淳はどうだったの? 俺のこと」
「ライター貸した時のこと、覚えてない? 俺から声掛けただろ。たまにSAの喫煙所で会うよねって。タイプでなけりゃ、おっさんの顔なんか覚えてるかよ」
甘い声色で囁きかけられ、俺はますます昂った。淳の無駄のない身体をまさぐる。
「タイプだなんて、こんなおっさんになって言ってもらえるとは思わなかったよ」
淳の台詞を真似て答えると、彼はクスクス笑う。そのリラックスした笑顔に、俺はようやく自分のペースを取り戻し始めた。
「淳、明日の予定は? 仕事あんのか?」
「いや、明日は休み。哲也もだろ?」
……まさかこいつ、そこまで織り込んで俺を家に呼んだのか?
男と経験のない俺が淳を抱けるのかと、彼は心配していたようだが、結果、全く問題はなかった。むしろ控えめに言って最高だった。
そして、やはりと言うか、淳は手練れだった。
「淳……、お前、相当アレだな」
仰向けに転がされてしゃぶられると、危うく瞬殺されそうになった。慌てて彼の頭を押さえ込んで俺が呻くと、彼は澄まして嘯 く。
「同じ男だからね。どこをどうされると感じるか、分かるから」
「だったら、この年齢だと無駄打ちできねえのも、分かってるだろ?」
体勢を入れ替え、彼を下に組み敷く。淳は、恥じらうかのように目を伏せている。自分から攻める時は蓮っ葉で挑戦的なのに、愛撫されるのは恥ずかしいのか。何それ可愛い!
*
「哲也って……丁寧なんだな」
事のあと、俺に背中を向けて横たわりながら、淳が独り言のように呟く。
「……言われたことねぇな」
ついぽろりと本音で答えると、信じられないといった面持ちで彼は振り返った。
「マジで? こんな優しいのに。感度低い女としか付き合ってないのか? お前、女見る目ないんだな」
「うるせーよ。そっちこそ、碌 な男と付き合ってねぇだろ」
互いに悪態をつきながら、たぶん俺たちは同じことを考えていた。
『こいつと抱き合うと気持ち良いのは、俺がすごく彼を好きで、彼も俺を好きだからでは?』
今日は色々美味いもんご馳走になったけど、一番はお前だ。
気恥ずかしくて言葉にはできないが、気持ちを腕に込めて、俺は淳を抱きしめた。やっぱりあったかくて気持ち良い。この先、彼とは長い付き合いになりそうな予感に胸の奥をほこほこさせながら。
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