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サービスエリアで恋をして・2(前編)
「淳 、お前、山菜って好き?」
目の前で蕎麦を啜っている淳に尋ねると、彼はキョトンと目を丸くして俺を見上げる。
「……山菜蕎麦食 ってる奴に聞く質問か? それ」
軽く苦笑いしている彼に、俺は慌てて言葉を継いだ。
「すまん、言葉足らず。自分で料理して山菜食うか? って話。今日、仲良しのおばちゃんから貰ったんだよ。でも俺、殆ど料理しないから」
淳と俺は、長距離トラックドライバーだ。同じようなルートを走ってる。サービスエリアの喫煙所で時々顔を合わせていた。最初は互いに名前すら知らない間柄だったが、ジッポのオイル切れがキッカケで言葉を交わした。ライターを返そうとした時、エアコンが故障して困っていた彼を誘い、俺のトラックのキャビンで一緒に仮眠した。同学年だと分かり、親近感にかこつけて連絡先を交換し、以来、サービスエリアや、荷積み・荷下ろしの前後にタイミングが合えば一緒に食事する仲だ。
「嬉しいね。独り者じゃ滅多に山菜なんか買わないからな。ありがたくいただくよ」
淳は機嫌良さそうに目を細め、湯呑を口元に近づけている。俺はテレビのプロ野球中継を見ている振りをしながら、ちらちらと彼を盗み見した。
(……この目を細めた時の表情。なんかそそられるんだよな……)
同い年の中年男にときめいている自分に、俺は戸惑う。
俺はこれまで男と付き合ったことはない。昔は、学生時代からの彼女と結婚していた。十年ほど前に、あまりに俺が家に居ないことがキッカケで離婚したが。
淳は、たぶんゲイだ。俺のトラックに泊まらないかと誘った時の恥じらうような表情は、まるで乙女だった。しかも、彼にとって俺は、アリ・ナシで言えばアリらしい。
俺のほうも、妙な色気を淳に感じてムラムラすることがないわけでもないのだが、なにせ離婚後は、恋愛のれの字もない殺伐とした生活だ。男との恋愛経験もないし、どうやって誘ったものか、見当もつかない。
そんなわけで、俺たちの関係は、連絡先を交換して数か月経っても、単なる『同い年で同業のダチ』に留まっている。
「……さ。じゃ、帰るか」
「いやー、美味い蕎麦屋だったわ。ありがとな哲也 。俺もこの辺よく来るけど、知らんかった。この店」
この日は関西で荷下ろしして、帰りの荷物を積んで、関東に戻ることになっていた。ビニール袋に入った山菜を淳のトラックに持って行ってやると、彼は軽く驚いている。
「けっこう量あるな! いやまぁ、山菜、好きだけどさ。一人で食う量じゃねえな」
「食い切れなかったら、捨ててくれてもいいし。俺も自分じゃ料理しないからさ」
軽く片手を上げて『じゃ』と挨拶しようとしたら、淳が上目遣いに俺を見る。
「あのさ。折角だから、食いに来る? うちに」
鼓動が一気に早まる。
「……いいの?」
ああ、声が上擦ってる。舞い上がってるみたいでカッコ悪い。そう自覚しつつも、俺は興奮を抑え切れなかった。……だって、一人暮らしの家に呼ばれて手料理ご馳走になるって、つまり、そういうことだろ?
「ああ。作る手間は一緒だし。そもそも、これ哲也が貰ったもんだしさ。お礼っていうにはささやかだけど」
「じゃ、お言葉に甘えて、お邪魔させてもらうわ」
特に口調も顔色も変わらない淳。もしかして、舞い上がってるのは俺だけなのかもしれない。そう思うと、急激に凹みそうだ。この気持ちの上がり下がりの激しさ、ヤバいわマジで。淳は、住所をL●NEで送ったから、明日の八時以降に来いとか何とか言っているが、俺の頭は煩悩だらけで、彼の話は右から左に抜けていた。
翌日は船橋戻りだ。幸い、予定通りの時間に荷下ろしを始めることができた。俺はテキパキ仕事を終わらせて自宅に帰る。淳の家に出向く前に、ちゃんとシャワーを浴びて髭を剃り、小ざっぱりとポロシャツにチノパンを穿く。彼と作業服以外で会うのは初めてだと思うと、それも緊張する。
お互いメジャーな物流拠点の近くに住んでいたから、淳の家はそんなに遠くなかった。近所のスーパーでビールやチューハイを買い込み、『そろそろ着くよ』と送る。淳からは、可愛いネコが手招きするスタンプが帰ってきた。何これカップルみたい。
「いらっしゃい」
ドアを開けてくれた淳は、コットンの長袖シャツの袖をまくり上げている。中から、パチパチと美味しそうな音と匂いがする。
「あー、ちょうど今揚げてんだ。手が離せないから、早く入って入って」
いそいそとコンロに向かう彼が指差すのが、リビングダイニングなのだろう。俺はもごもご曖昧な挨拶をし、中に入っていく。……へえ。やっぱ小ぎれいにしてんなぁ。辺りをキョロキョロと見回しながら、既にグラスやお箸がセットされている卓袱台 の前に座った。
改めて卓袱台の上を眺めると、わかめと浅利 の酢味噌和え(ぬた?)、鯛と鰹 のお刺身が並んでいる。季節感たっぷりだ。感激している俺の前に、淳が、揚げたての山菜の天ぷらと、山菜ごはんを持ってきてくれた。
「ほい、お待たせ」
「淳、すげぇな! 小料理屋みたいだぞ!」
「大したことないよ」
彼は微妙に照れているのか、口をへの字に曲げている。眼鏡を掛けていない姿も新鮮だ。持参したビールの缶を開け、彼のグラスに注いでやる。
「いただきます」
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