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第1話

 やっと帰ってきた。そんなことすら、もう思うほどの余裕はなかった。  時刻は深夜2時。草木も眠る丑三つ時とは言うが、絶賛過剰労働中の高野光希(たかのみつき)にとって、恐ろしいのは幽霊でも暗闇でもなく、ただただ上司にどやされることであった。  企画資料は作れど作れど終わらない。  正確には、終わらないのではなく、終わらせてもらえないのだ。  光希は、自分を怒鳴りつけてくる直属の上司から褒めてもらえたことなど一度もなかった。  そもそも、出会った頃から言われ続けてきたのだ。  その人を見下したようなキツい目つきが気に入らない。  妙な口答えなどしないようにとへの字に結んだ口は、なんともふてぶてしく見える。  そんな不愛想な顔で上司の前に現れるな、と。  もっとも、それを言ってくるのは今の上司だけではない。  物心ついた時から、クラスメイト、教師、果ては近所のおばちゃんにまで、同じようなことを言われ続けた。  だから、高野光希の人生は、いつまで経っても、「なんだかなぁ」の一言で表せてしまう。  それでも、学業を頑張り、死に物狂いで上っ面の笑顔と熱意を張り付けた就活戦線をくぐりぬいた先には、何か良いことが待っているのではないかと考えた。  社会人になって半年と少し、それはただの幻想だったと、嫌というほど思い知らされてしまったけれど。

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