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第101話
疲れて指一本も動かす気になれなかった。身体を大雑把に拭った後は、もう今すぐに寝れるというくらいに、瞼を閉じて微睡んでいた。
一緒にお風呂に入ろうと言われたけれど、そこまでの度胸はさすがになかった。たとえ、それ以前にもっと言うのを憚るようなすごいことをしていたとしても。
「俺、昔から良い子だって言われてて」
うとうとしていると、ふと透が言った。
「たしかに、好青年だし」
「あ、いや、決して自慢でも何でもなく……良い子って言うと語弊があるなら、犬みたいなものかな。ずっと大人の言う通りに生きてた」
話に聞くところによると、どうやら彼の家は大家族らしい。大学の学費も、奨学金とバイトで何とかまかないながら生活しているそうだ。実家で数いる妹と弟たちの世話をして、良いお兄ちゃんねと褒められているような優等生。それが現実世界の透だった。
「ひとりになれる時間なんて夢のまた夢で、恋人や友達と遊ぶとか他の人が普通にしていることができなくて――ずっと、自由になりたいって思ってた」
それが、理想世界の透に繋がっていたのだろうと、今になって思う。自由気ままに、好きなように振る舞って堂々としている存在。面倒見の良いところは変わっていなかったけど。
「それで、ある日妹と喧嘩して、人形を投げつけられて……それが運悪く頭に当たって、意識なくして入院したってワケで」
なんなんだその理由。いや、こっちの過労の末、自慰行為で体力使い果たして倒れるよりはマシかもしれないけれど。
「光希の方は?」
「僕の方は……大したことじゃないんだ。本当に。仕事のしすぎのストレスで」
そう言うと透は「そっちの方がえげつない……」と絶句していたので、本当のことは言わない方が良いのかもしれない。
「むしろ僕は、君のことがもっと知りたい」
自分から人にそう言うのは、たぶん、透が初めてだ。
「君が暴いてくれた分……次は僕が、君のことを暴きたいんだ」
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